第5話 父と子

 「…私の遠い祖先、それは当然裕太の祖先でもあるが、フィンランドでは今でも伝承として名を残す、実在した魔法使いだ。信じるも信じないもお前次第だがこれは紛れも無い事実だ。本来であれば私の知る数々の魔法は、お前の父であるりくから伝承されるべきものだった。しかし、残念ながらりくには魔法の才能が全くなかった。魔法の才はな、残酷だが0である者はいくら修練を積んでも身につかんのだ。りくはな、私が知る限り2,000年以上にわたって続いてきた魔法使いの家系で、初めて生まれた全く魔法使いの才の無い魔法使いだ…いや魔法が使えないのだから〝ただの人〟という事だな。でもなりくは大事な私の息子だ、私はりくを愛した、いや今でも愛している。私の代で魔法使いの家系が絶えても構わないと覚悟も決めていたんだ。だがな裕太、お前は3歳になる頃から特別な魔法の才能を発揮し始めたのだ…」

 

 ついに自分の話が始まったが、自分が何かしらの魔法が使えるという自覚は全くなかった。


「…魔法は実は大きく分けて三つの種類がある。一つ目は自分の中に宿るパワーを増大または顕在化するもの。二つ目は精霊たちに力を貸してもらう事で何かを成すもの。そして最後に何らかの存在を召喚するもの、この三つだ。お前は既に3歳にして精霊たちと交信し、遊び相手にしていたのだ。特に風の精霊と仲良しで。風を使って落ち葉にダンスをさせたり、時には自分の体を浮かせる事もあった…」


 あまりに幼い時の事なのか、僕は記憶の中を探そうとしたが思い浮かぶものは無かった。


「…お前は覚えていないだろう。私はお前が魔法の才能を持っていることを喜んだ。しかし…私は喜び過ぎた。息子のりくに魔法の才能が無かったことで一度諦めかけた魔法使いの系譜の継続が可能になったと歓喜かんきした。しかし、それはりくにとってはとても辛い事だった。りくはそれこそ魔法習得の為に血の滲むような努力をした。それでも得られなかった才能を自分の息子が息をするように自然に発動させたのだ。「羨望せんぼう?」そんな生易しいものではなかったのだろう。ある日、私が『魔法は父から子へと伝承される』という我が家系の禁を犯して裕太、お前に魔法の話をしているところをりくに見つかってしまった。りくは私を激しく苛烈に攻めた。「裕太は魔法使いにはさせない!私が普通の子に育てる!!」と涙を流しながら何度も叫び、訴えた。その苛烈さに怯えたお前は「じいちゃんを責めないで!」と叫ぶと気を失ってしまった…」


 鏡の中のじいちゃんの顔は、後悔の色を滲ませた苦痛に歪んでいた。


「…それ以後裕太、お前は精霊と話すことを止めた。そして私と陸の間には埋める事の出来ない溝が生まれ、お前に魔法を教える事はもちろん、魔法の話をする事も出来なくなった。時間が経つにつれてお前の記憶の中から魔法の事が消え去っていくのを感じた。そして私から見るに、陸は私だけでなく、お前に対しても見えない壁を作ってしまった。私が恨まれるのは仕方がない、それだけの仕打ちを私は陸にしてしまった。だが裕太…陸がお前に対して距離を置く理由は分からない。怒りなのか、悲しみなのか、それともそう思いたくはないが妬みからなのか…」


 僕は父が余所余所よそよそしい態度を僕に取ってきた理由が、やっと分かった気がした。


 「私はいよいよ我が魔法使いの系譜が断絶する事についての覚悟を固めた…いや、手品と称して裕太にこっそり魔法を見せた事もあるから偉そうな事は言えないな…未練があったのさ…そして80歳を越えてあちこち、特に心臓に不安を抱えて終活しゅうかつを考えるようになった時、魔法使いの系譜を本当に絶やしていいのかという思いが大きくなってきた。もちろん魔法の伝え手は裕太、お前しかいない。陸の事もあるが、魔法を伝承するにせよ、普通の人として生きていくにせよ、それは裕太自身に決めて欲しいと願うようになったのだ。…」


 じいちゃんの表情からは苦痛の表情が消え、目には何かしらの決心を示す強い光が宿っていた。

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