第2話 葬式

 祭壇の前に安置された棺桶かんおけの中にいるじいちゃん、僕には見た感じどうしても眠っているようにしか見えなかった。うごめく他人とは距離を取りながら、棺桶かんおけの周りから人がいなくなるのを見計らってはじいちゃんの棺桶に近づき、息を吹き返すのではないかと中を覗き込んだ。そんな事を僕は何度か繰り返していたが、じいちゃんは一向に目を開けてはくれなかった。

 

 僕は物心ついてから葬式に出たのは初めてだったが、この会場の雰囲気にとても戸惑っていた。『葬式』という未知の場に突然参加しなければならない事態に直面した僕は、とにかく周りの人を見て、それに合わせようと考えていた。しかし、ここには泣いている人がいるかと思えばお酒を飲んで笑っている人もいた。混沌とする会場の中で、僕はどう振舞っていいのかを迷い続けていた。 

 

 じいちゃんの最期については周りの人々の会話から伺い知れた。朝の散歩中に倒れているのを通りかかった人が見つけ、119番に連絡して救急車を呼んでくれた。しかし病院に運ばれた時には手遅れで、心臓発作による死亡と診断されたそうだ。


 ふと見るとばあちゃんが一人会場の端の椅子に座って会場内の喧騒を眺めていた。その表情は笑顔にも見えた。頭の中はまとまっていなかったが、ばあちゃんに何か言わなくちゃという思いから僕はばあちゃんに近づいた。数歩歩きだしたところでばあちゃんは僕に気付き、〝こっちこっち〟と手招きした。僕は軽く頭を下げるとそのままばあちゃんに近づいた。


裕太ゆうた賢司けんじさんにお別れは言ったかい?」


「ばあちゃん、じいちゃんは亡くなったんだろ。じゃあお別れを言っても聞こえないんじゃないの?」


「そうだね。裕太の言うとおりだけど生き物には魂というものがあると言う人がたくさんいてね。肉体は死んでも魂は死なないそうだよ。その魂には聞こえるかもね。」


「ばあちゃんはその魂を見たことがあるの?」


「いやないね。私も裕太と同じように魂を見た事はないので実は信じていないんだけど…賢司さんの魂なら是非会ってみたいもんだね。」


 そう言うとばあちゃんはにっこりと笑った。僕の知らない人までがじいちゃんの死を悲しんで泣いている中、じいちゃんと一番仲の良いばあちゃんがあまり悲しそうには見えないのが不思議だった。


「ばあちゃん、ばあちゃんはじいちゃんが亡くなって悲しくないの。」


 少しの沈黙があった。ばあちゃんは僕の方を見ながら、僕を通り抜けてもっと遠くを見ているように感じた。


「…悲しくないわ、うん、悲しくない。私は賢司さんをとても愛していたからね。賢司さんとの別れの日が来ることが怖くて怖くて…だからずっと前から心の準備をしてきたの。」


「だから悲しくないの?」


「そうよ、その日が来ても後悔しないよう賢司さんを毎日精一杯愛してきた。そして賢司さんも私を愛してくれた。私はね、今とても満たされた気持ちなのよ。だから悲しくなんてないのよ…けれど…少し寂しいかな…」


 そう言ったばあちゃんの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。見てはいけないものをみたような気がして、僕は視線を落とした。そんな僕にばあちゃんが言った。


「裕太、しばらくの間は忙しいと思うけど、落ち着いたら私のうちに一人でいらっしゃい。」


 僕が視線を上げるとばあちゃんの顔には穏やかな笑顔が戻り、しっかりと僕を見ていた。


「母さんとじゃなくて一人で?」


「そう、裕太一人で。賢司さんからあなたに、あなただけに伝えるように言われていることがあるの。」


 僕が怪訝そうな顔をしていたのだろう、ばあちゃんは続けて言った。


「晩御飯もご馳走するから清美母さんにはちゃんとことわってから来るんだよ。」

 

 僕はばあちゃんが作る料理が大好きで〝うん〟と大きくうなずいた。

















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