第51話 鳴神の朝

目が覚めるとマーヤがソファに腰掛けて忙しなく化粧を行っていた。

携帯の画面で時間を確認すると、午前7時。

集合時間の9時まではあと2時間ある。


僕が目覚めたことに気がつくとマーヤが少し照れたようにはにかんだ。

「おはよう」

彼女の言葉に僕も笑顔で返した。


ノロノロと起き上がると、コーヒーの匂いがした。

彼女が淹れてくれたのだろう。

香ばしい匂いが僕の意識を少しずつはっきりとさせてくれた。


「法被、もう乾いてるよ」

マーヤの行動力には舌を巻いた。


昨夜、初めてマーヤと結ばれたあと

彼女は足を痛めているにも関わらず、僕の法被と衣服を洗濯乾燥してくたのだ。

ソファの隣にはすっかり清潔さを取り戻した僕の法被がしっかりと畳まれていた。


「何時に起きたの?ちゃんと寝れた?」

心配になって僕は聞いてみた。

マーヤは少し複雑そうに顔をしかめた。


「あのね。あんな状況でスヤスヤ眠れるほど、男慣れしてないの」


確かに昨夜口づけを交わした後の彼女はいつもと違ってなにやら余裕がなさそうだった。

その初々しさすら愛おしく感じるから、男と女というものは面白い。


「あんたはめっちゃリラックスして寝てたね。相当遊んできたんだ」

マーヤは少し不満そうだ。

僕は慌てて言い訳を開始した。


「違うよ。すごく疲れてたんだ。前日祭のステージと練習もあったし、なによりスピーチがかなり大変だった」


それだけ聞くとマーヤは納得したのか軽く鼻を鳴らして化粧を再開した。


「洗濯ありがとう」

「うん」

「コーヒーも淹れてくれたんだね」

「ハムエッグもあるから、食べて」

「昨日のマーヤ。すごく可愛かった」

「二度と口を開くな」


僕とマーヤはたっぷり一時間、二人の朝を楽しんだ。

まるでこれまで何年もこうしていたかのような、穏やかな時間だった。


「じゃあいきますか」

僕たちは身支度を整え、二人で彼女の部屋を出た。

僕たちは眩しい朝日を浴びながらナルカミスポーツジムにむかった。


まだ早朝の国道は交通量も少なく、僕たちは快調に昨日来た道を戻った。

途中で昨夜立ち寄ったコンビニを見つける。

ふと、ほんの数時間前まではマーヤとの関係がここまで変わるなんて想像もしていなかったなと思い、気恥ずかしくなった。


「なに笑ってるのよ」

マーヤが少し低い声を出した。

僕は気を取り直してジムへの道を急いだ。

愛車は軽快に僕たちを運んでくれた。


ジムにつくともう既に半数以上のメンバー達が集合していた。

木澤さんやサムエルの姿も見える。

僕はマーヤに手を貸しながらメンバー達に挨拶をして回った。


昨夜から変わった僕たちの関係性をサムエル達にだけは伝えておこうかと思ったが、本番が終わってからでも遅くないだろう考え直した。

いつも通り朗らかなサムエルが僕に安心をくれる。

木澤さんの背中は今日も大きかった。


佐伯さんの姿が見えたので声をかけた。

「佐伯さん、おはようございます」


佐伯さんは軽く微笑むと僕の顔をじっと観察した。

そのまま何も言わずに軽く肩を叩いてきた。

「男の顔になってるじゃないか」

それだけ言うと佐伯さんはサムエル達の元に歩いて行った。


スタッフルームから貴島さんと青木さんが姿を見せた。

貴島さんは僕に気づくなり少し気まずそうに顔を反らした。


しばらくして、残りのメンバー達が続々と集まってきた。

最後にリエさんが到着したところで全員がジムに揃った。


僕はスタジオ内に集合したメンバー達の前に歩み出た。

全員の顔を見回すと、もう他人ではなくなった大切な仲間達が柔らかい表情で僕を見つめていた。

松葉杖から車椅子に乗り換えたマーヤも微笑んでいる。


僕は彼らを誇りに思った。


「皆さん、おはようございます」


今日という日が始まった

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