第50話 その夜の出来事
「なにいってるの?」
マーヤが声を震わせながら問いかけてきた。
「マーヤが好きっていってる」
「こんなシチュエーションだから、盛り上がってるだけでしょ?心配しなくても一回くらいなら」
言い方マーヤを強く抱きしめた。
「それ以上言わなくていい」
抱き締めたマーヤの細い体は小刻みに震えていた。
もしかしたら通報されるかも知れないが、それはもうしょうがないとすら思った。
しかしその心配は杞憂に終わった。
「いつから?」
マーヤが少し上ずった声で言葉を続けてきた。
「最初にズンバにマーヤが入ってきた時。俺の事を助けに来てくれた時からずっと好きだった」
「調子にのってる富山たちがムカつくからって言ったじゃん」
「俺の勘違いだったの?」
マーヤがすこしだけ体の力を抜いた。
「鋭い所もあるじゃん。ずるいよ」
くすくすと彼女は笑った。
「でも、私の勝ちかな」
彼女の細い腕が僕の背中を包み込んだ。
「私はね。出会った時から」
抱き寄せた顔をそっと離し、彼女は僕の顔を覗き込んだ。
「ずっと好きだった」
僕とマーヤはゆっくりと顔を近づけた。
触れた唇の感触は、お互いの気持ちを言葉よりも雄弁に物語っていた。
長い時間のあと、僕たちは名残おしそうに唇を離した。
照れくさそうにマーヤが微笑む。
「ごめんね」
「なにが?」
心臓の音がうるさい。
マーヤに聴こえてたらと思うと恥ずかしくて逃げ出しそうだ。
「一回くらいなら、とか言って」
僕は思わず吹き出した。
「そこ?」
彼女もつられて笑い始めた。
しばらく二人で笑ったあと、再び彼女は僕の目を見て微笑んだ。
「私、結構めんどくさいかもよ?」
「知ってる。かなり大変そうだけど、もう仕方ない」
「あんた、気づいてる?」
「なにが?」
マーヤが恥ずかしそうにすこしだけ僕を抱き寄せた。
「本音を言うとき、俺っていうの」
はっきり言って自覚がなかった。
これまでの会話はどうだっただろうか。
「あんたね。やっぱりずるいよ。もう好きでしょうがないじゃん」
先ほどより勢いよく再び彼女が唇を重ねてきた。
僕は強く彼女の体を抱き締めた。
2度目のキスのあと彼女が申し訳なさそうに言った。
「あのね。とは言っても私、足がこんな状態だから」
「うん」
彼女の顔がこれまで見たなによりも赤くなった。
「ちょっとは手加減してね」
お弁当はすっかり冷めてしまっていた。
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