第47話 明日に向けて
ナルカミロケットのコツを掴んだ僕たちはその後も何度も成功を重ねた。
技が決まる度に歓声があがり、貴島さんの表情もどんどん明るくなっていた。
マーヤは泣き続けていた。
明日はいよいよ本躍り。
順位が決定する大切なステージがある。
これ以上疲れを残さないために、僕たちは練習を終えた。
僕たちの練習が終わるのを見届けたテツさんがマッチョ達に撤収を告げる。
彼らはテキパキとマットを回収していった。
一人一人にお礼を言うと、口々に
「明日、楽しみにしてます」
と言ってくれた。
窓の外を見てみると、いつの間にか空は真っ暗になっていた。
男性メンバーと共にジムの大浴場に向かった。
1日の疲れが汗と共に流されていく。
本当に大変な1日だった。
しかし、不思議な充足感がある。
こんなに充実した気分になるのはいつぶりだろう。
風呂でぐったりとしている木澤さんやサムエルの表情も満足そうだ。
隣で体を洗っていた佐伯さんが話しかけてくる。
「貴島さん、すごかったな」
僕は素直に同意した。
「もう気付いてると思うけど、俺は貴島さんが好きなんだ」
佐伯さんの告白は、僕にとって何も驚く内容ではなかった。
とっくに気付いてる。
「こんなおっさんにチャンスなんてあると思うか?」
普段の佐伯さんからは想像もつかない弱気な発言だ。
きっと僕が思っている以上にその想いは大きいものなのだろう。
「わかりません」
僕は素直にそう言った。
「タロ、お前はどうなんだ」
僕は少しだけ考え込んだ。
今朝、貴島さんが言っていた大切な話とはなんだろう。
もしかしたら、彼女にとっての僕は特別な存在なのかも知れない。
貴島さんは贔屓目に見ても相当な美人だ。
そして決してめげない強い心も、優しさももっている。
もし、そんな彼女に想われているのだとしたらこれ以上幸運なことはないだろう。
「わかりません」
僕は素直にそう言った。
「そうか」
佐伯さんはそれ以上なにも聞いてこなかった。
「お前に出会えてよかったよ」
それだけ言って、佐伯さんは湯船の方に向かっていった。
僕は何を迷っているんだろう。
風呂からあがると、一足先に入浴を終えたマーヤとリエさんが待っていた。
貴島さんと青木さんは業務があるため、まだジム内で作業中らしい。
リエさんが僕を見るなり手招きしてきた。
「タロくん」
僕は駆け足で二人に近寄った。
病院から借りてきた松葉杖が慣れないのかマーヤが不満そうに顔をしかめている。
「タロくん、マーヤちゃん送っていってあげてくれないかな?」
リエさんが困り顔で聞いてきた。
確かにマーヤはリエさんが送る予定になっていたはずだ。
「いいですけど、どうしたんですか?」
リエさんは満面の笑顔を作って小声で話し始めた。
「私ね、この後デートなの。だからお願いね」
マーヤが益々不満そうに表情を強ばらせた。
様子を見ていた木澤さん達は何も聞かないまま僕を通り越していった。
「タロ、明日頼むで」
「タロ、寝坊だめよ」
「タロ、誰にも言うなよ」
発射台チームの三人はそれだけ言うとそそくさとジムの外に出ていった。
リエさんがマーヤの背中をポンポンと叩き、なにかを耳打ちしている。
マーヤの顔がみるみる紅潮した。
「じゃあ、タロくん。よろしくね」
デートがあると言ったリエさんは化粧も落としたまま三人と同じように帰宅していった。
閉館間近のナルカミスポーツジムで僕とマーヤは取り残された。
「帰ろうか」
僕が言うとマーヤは頷いて、歩き出した。
松葉杖の扱いに慣れていないのかと思ったが、その足取りは意外とスムーズだった。
外に出るとムッとした熱い空気が僕たちを包んだ。
夏の気配が近い。
僕はマーヤをその場で待たせて車を取りに向かった。
車に乗り込むと、嗅ぎなれた自分の匂いが充満しているのを感じた。
しまった。
芳香剤でも置いて置くべきだった。
慌ててエンジンをかけ、窓を開けた。
フロントガラス越しにこちらをぼんやりと見つめるマーヤの姿が見えた。
僕は愛車をゆっくりと前進させ始めた。
心なしか心臓が高鳴っている。
車をマーヤまで近づけて、僕はまた車から降りた。
「前に乗る?後ろ?」
マーヤは少しだけ考えた後、前に乗ると答えた。
ドアを開け、マーヤを助手席に乗り込ませた。
松葉杖は後部座席に並べて置いておく。
「よろしくお願いします」
再び運転席に戻った僕にマーヤがそう呟いた。
僕は何も言わずに車を発進させた。
心臓の鼓動はもうはっきりと激しいものになっていた。
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