第46話 勇気
モンスターハウスのマッチョ達が運んでくれたマットを使って、僕たちは早速練習を始めた。
テツさんも興味があるらしく、スタジオ内に腰掛けて僕たちの事を見守っている。
まずは入念にストレッチ。
僕達ももうそこまで若くない。
これ以上怪我人がでればその瞬間チーム鳴神は終わってしまう。
怪我への備えは万全にしておきたい。
体をほぐしながらマーヤが貴島さんに口頭で飛び方の説明をしていく。
お互いアスリート同士、その意志疎通はスムーズに行われているようだ。
まずは僕たちの手のひらに貴島さんを載せる練習が始まった。
恐らくほとんどの人類が誰かの手のひらの上に立った経験などないだろう。
貴島さんも、もちろん初体験だったはずだ。
地面とは違う、不安定な足場。
普通ならばここに立つだけでも怖くて堪らないだろう。
それでも貴島さんが果敢に挑戦し、意外にもすんなりと僕たちの手のひらに立つ事に成功した。
「貴島さんすごい!」
マーヤの称賛を受けて、照れくさそうに笑う貴島さんだったが、その表情は僅かにひきつっていた。
「貴島さん、大丈夫?怖いならやめてもいいんだよ」
こんな危険な技を1日で習得しようとすること自体無謀なのだ。
「やります」
それでも貴島さんの意思は固かった。
僕たちは次のフェーズに進んだ。
手のひらに乗った貴島さんを軽く持ち上げる。
それだけで彼女は悲鳴をあげた。
「ごめんなさい!ちょっとびっくりしただけです」
強がりなのは誰が見ても明らかだった。
「貴島さん」
僕がもう一度声をかけると彼女はすぐに次の言葉を遮った。
「やります。大丈夫です」
その声の頑なに抗うことが出来ず、僕たちは練習を続けた。
何度も何度も悲鳴をあげる貴島さん。
その数とほぼ同じだけ何度も失敗した。
僕たち発射台もマーヤのように彼女を投げあげることが出来なかった。
マットの上に彼女の小さな体は何度も落下していく。
高度はまだマーヤの半分にも満たない。
貴島さんの運動能力を持ってしても、この技はやはり相当難しいのだ。
それでも彼女は諦めなかった。
なにが彼女をここまで駆り立てているのかは正直わからない。
この技を決められなかったからと言って僕たちが失格になるわけではない。
もちろん誰かから咎められることなどない。
明日にはチーム鳴神は解散し、僕たちはまたそれぞれに戻る。
それなのに、貴島さんは練習をやめなかった。
車椅子に乗ったマーヤから、何度も怒号が飛んだ。
マーヤはなにか振り切れたらしい。
心から貴島さんを応援していることがわかった。
その期待に応えようと貴島さんも必死に飛んだ。
そしてついに彼女は倒れこんだマットから起き上がれなくなった。
「貴島さん!どこか痛めた?!」
慌てて駆け寄った僕たちをやはり貴島さんはすぐに制した。
「大丈夫です。どこも痛めてません。少し疲れただけです」
真っ赤に紅潮した彼女の顔は既に限界を超えていることを雄弁に物語っていた。
「少し休憩しよう」
僕の申し出に全員が同意した。
貴島さんだけが返事をしなかった。
僕は皆から離れ、練習開始からずっと座り込んで様子を見ているテツさんの隣に腰をおろした。
「タロ。だいぶ苦労してるな」
テツさんがポツリと呟いた。
「はい。正直、難しいと思います」
テツさんは声を殺しながら笑い始めた。
「それはお前が決めることじゃない。明日はあのお嬢さんが飛ぶんだろ?」
テツさんはチラリと貴島さんの方に視線を送った。
マットから起き上がった彼女は真剣な表情でマーヤからアドバイスを受けていた。
「あの娘はホンモノだよ。問題なのはお前らだよ」
テツさんのグローブのような手が僕の頭を掴んだ。
「あの娘を信じなさい。遠慮なんてしたらダメだ。心配なんだったら命懸けで受け止めたらいい」
その言葉が少し前にマーヤから言われた言葉を僕に思い出させた。
「タロがいたら私は思いっきり飛べる」
いつの間にがマーヤと貴島さんが揃って僕の方を見ていた。
頭を掴まれている僕が面白かったのか、二人ともケラケラと笑い始める。
「テツさん。僕、出来ますかね」
「誰がコーチだと思ってるんだ。バカ息子」
ばしんっと強く背中を叩かれる。
「決めてこい」
僕は弾けるように飛び出していった。
スタジオ中央でナルカミロケットチームが集合する。
僕は思いきって口を開いた。
「貴島さんをマーヤだと思って投げる」
サムエルが息を飲むのを感じた。
「もう、遠慮しない。本気で投げる」
貴島さんの顔を見つめた。
少しの休息で僅かだが彼女の表情にも余裕が戻ったようだ。
「大丈夫。僕たちで絶対に受け止める」
貴島さんの目から涙が溢れだし、その美しい顔がくちゃくちゃになった。
「やろう。ナルカミロケット」
僕は勢いよく手を叩いた。
僕の言葉に反対する人間は一人もいなかった。
それを合図に全員が短く雄叫びをあげた。
「お前に会えてよかったわ」
木澤さんの言葉は不思議と全然照れくさくなかった。
涙をぬぐった貴島さんの背中を見つめる。
僕は最初にこのジムにやってきた時のことを思い出した。
不甲斐ない自分を変えたくて、迷いこんだこのナルカミスポーツクラブ。
最初に対応してくれたのが、貴島さんだった。
右も左もわからない僕に丁寧にこのジムのことを教えてくれた。
彼女からすれば仕事なので当然なのかも知れないが、あの時の貴島さんの背中から感じた安心感は忘れられない。
僕はもうあの夜の弱虫だった頃とは違う。
ひとりぼっちじゃない。
この仲間と、必ずナルカミロケットを完成させてみせる。
「まだ練習してる!」
スタジオの外から誰かの声が聞こえた。
声の方を見ると、練り躍りを終えたチーム鳴神の面々が集まってきていた。
よく見ると先ほどマットを運んでくれたモンスターハウスのマッチョ達の姿も見えた。
「タロ!状況はどうだ!」
一際大きな富山さんの声が聞こえた。
町村夫婦や、仁、リエさんも心配そうにこちらを見つめている。
皆、汗だくだ。
僕は思わず込み上げてくる熱さを必死に堪えた。
「まだです。でも次で絶対に成功させてみせます」
僕たちは顔を見合せて頷きあった。
スタジオ内に静寂が訪れた。
僕たち発射台が十字に並び、腕をつなぐ。
繋いだ手のひらめがけて貴島さんが乗り込んだ。
「せーの!」
僕の合図と共に貴島さんの細い体をまっすぐに投げあげる。
高さは十分。
まるで彼女の背中に翼でもあるかのように貴島さんは高く舞い上がった。
そのまま彼女は上空でトゥータッチを決めた。
次の瞬間、彼女の体は重力を取り戻し、まっすぐに僕たちの元に落下してきた。
僕たちはそんな彼女を力強く受け止めた。
「できた」
腕の中にいる貴島さんが信じられないと言った表情でぽつりと呟いた。
スタジオ中に大きな歓声が広がった。
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