第45話 飛び方を教えて
「なに言ってるの?」
最初に口を開いたのはマーヤだった。
「貴島さんが飛ぶ?ナルカミロケットを?」
貴島さんが深く頷いた。
「バスケットトスはチア経験者でも難しい技なんだよ?貴島さん、チアの経験ないでしょ?」
「ありません」
マーヤが声を震わせた。
「無理だよ」
マーヤの声に合わせるように貴島さんが僕達に近寄った。
「今はできません。でも必ず飛んで見せます」
僕の脳ミソはその言葉の意味を正確に理解することができなかった。
飛ぶ?
どうやって??
「今から練習します」
彼らの後ろに何か大きな白い物体が動くのが見えた。
よく見るとそれは僕達が練習用に使っていたマットだった。
僕は慌ててマーヤから離れてマットの方に近寄った。
巨大なマットは数人の大男たちによってきびきびと運び込まれていっていた。
その大男たちには見覚えがある。
モンスターハウスの会員達だ。
「木澤、ほんとに3枚でいいのか?」
ナルカミスポーツジムで聞こえるはずのない声が聞こえた。
僕が子のこの声を聞き間違えるはずがない。
亀の甲羅のように盛り上がった背中と、丸太のような両腕。
声の主はテツさんだった。
「テツさん、なんで?」
テツさんは僕に気がつくとニッコリと笑った。
「木澤から連絡もらってね。急いでマット用意したんだよ」
「コーチありがとうございます」
木澤さんが深々と頭を下げた。
「こんなかわいいお嬢さんケガさせるワケにはいかないからね」
テツさんは豪快に笑いながら貴島さんの肩を軽く叩いた。
「ありがとうございます」
貴島さんも朗らかに礼を述べる。
自然と行われたボディタッチに関してはおとがめはないようだ。
安全用の練習マットは大男たちの手によってあっという間に二階スタジオに運び込まれてしまった。
「さぁ、練習しましょう」
貴島さんが微笑んだ。
僕とマーヤだけが現実に追い付いていけていないようだった。
「なんでこんな事になってるの?みんな練り踊りはどうしたの?」
マーヤがとことん困惑した表情でか細い声を出した。
「貴島さんが言い出したんだよ」
佐伯さんがマーヤの質問に答え始めた。
僕とマーヤが離脱したあと、チーム鳴神は滞りなく練り踊りに参加していた。
キャプテン代理を買ってでた富山さんが意外なリーダーシップを発揮したらしい。
ステージでの僕たちのパフォーマンスの影響か、行く先々でチーム鳴神は注目の的になっていたそうだ。
すごいチームがいるらしい。
しかも、とんでもない大技があるみたいだ。
噂は一気に拡散された。
最初に違和感に気がついたのが貴島さんだった。
チーム最年少の彼女は所謂SNSネイティブ。
ありとあらゆるSNSサービスに精通していた。
そんな彼女がチーム鳴神が大きな話題になっている事に気がつかないワケがなかった。
慌ててマーヤが自分の携帯を取り出す。
なにやら操作を行い、次の瞬間驚愕の表情を浮かべた。
「私のインスタのフォロワー数が激伸びしてる」
心なしか携帯を持つその手は小刻みに震えていた。
「優勝候補の風龍でもここまで話題になってません。私達は完全に今回の主役になってるんです」
33名の一子乱れぬソーラン
恐らく殆どの人が初めて感じたであろうズンバの迫力
突然のラインダンス
そしてナルカミロケット
僕たちのプログラムはどうやら多くの人々の心にはっきりと響いたようだ。
その事実は素直に嬉しい。
でも。
「マーヤは明日、でれないよ」
僕の言葉にマーヤがしゅんと俯く。
マーヤがいないとナルカミロケットは飛ばない。
「だから、私が今から練習するんです」
貴島さんが俯いたマーヤの肩を勢いよく掴んだ。
肩を掴まれたマーヤは驚きの表情で固まっている。
「ここまで期待されて、明日出来ませんなんて言いたくない。それに、私はマーヤさんが今どんな気持ちでいるのか痛いほどわかる。だから私が代わりに飛ぶの」
感情が昂っているのか、貴島さんの声は次第に掠れていった。
「ここまで色々あったけど、私はチーム鳴神が大好き。マーヤさん達がここまで引っ張ってきてくれたチームをどうしても守りたいの」
掠れてはいたが、彼女の声はとても力強かった。
確かにマーヤの代わりが務まる可能性があるとしたら貴島さんしかいないだろう。
体操で培った空中感覚、運動能力。
恐らくはどれもマーヤより貴島さんは優れているのかも知れない。
しかし、バスケットトスで重要なのはそれだけではない。
発射台とぴったりとあわせる呼吸
そしてなにより、勇気。
それはとてもではないが1日で物にできるほど簡単なものではないはずだ。
そんなことは僕よりもマーヤと貴島さんの方がわかっている。
それでも貴島さんは飛ぶと言うのだ。
「難しいよ?怖いよ?」
マーヤの声には涙が滲んでいた。
「怪我するかも知れない」
貴島さんが力強く首をふった。
「難しいのはわかってる。正直怖いよ。怪我もしたくない。だから今から練習するの」
二人がゆっくりと目を合わせた。
「だから教えてマーヤさん。私に飛び方を」
マーヤはついに声を出して泣き始めた。
つられて貴島さんも泣き始めた。
二人はお互いを確認し合うように抱き合った。
ぐすっ
鼻をすする音が聞こえた。
よく見ると黙って聞いていた佐伯さんの目も赤くなっていた。
僕はサムエルと木澤さんと目をあわせた。
二人とももう心は決めているようだ
「練習しよう」
僕の声は滞りなく全員に届き
その言葉を否定する者は誰一人いなかった。
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