第44話 諦めない

診察室から車椅子に乗せられたマーヤが姿を見せた。

彼女の表情は虚ろだった。


診断結果としては

左足靭帯の損傷。

誰が聞いてもわかるほどの重症だった。


会計待ちの間、少しだけ話をした。

「明日、雨が降るかも知れないんだって」

マーヤがぽつりと呟いた。

「うん。午前中から降るらしいね」


待合室の窓から空を見上げる。

先ほどの快晴が嘘のように曇っていた。


「練り躍り、大丈夫だったかな」

「富山さんがいるんだよ。大丈夫だよ」


マーヤがクスクスと笑った。

「あんた、あのおっさん嫌いじゃなかったの?」

「別に嫌いじゃないよ。好きじゃないだけ」


またクスクスと笑った。

笑い終わった彼女がまた呟いた。


「ごめんね」

僕は何も言えなかった。


会計の順番がきた。

僕は彼女の代わりに窓口に向かった。

どうしても彼女の顔を見ることができなかった。


会計を終えて、マーヤの車椅子を押した。

小さな音をたてて車椅子が前進する。


「ジムにいこうか」


着替えはジムに置いてある。

僕たちは無言でナルカミスポーツジムに向かった。

途中で何度かマーヤが顔を拭ったが

僕は見ないふりをした。


ジムに到着すると、顔を会わす誰もが驚愕の表情で僕達を見た。

今頃練り躍りの真っ只中であろうチーム鳴神のメンバーは当然一人もいなかった。


女性スタッフに声をかけ、マーヤの介助を代わってもらった。

着替えをするためにマーヤが女子更衣室に運ばれていった。


ラウンジで一人になった僕は、ぼんやりと先ほどのステージを思い出していた。


ソーランパート

リエさん、富山さん、町村夫妻

すごい迫力だった。


ズンバパート

貴島さん、仁、佐伯さん

とても楽しそうだった。


ラインダンスパート

木澤さん、サムエル

誰よりもかっこよかった。


そしてナルカミロケット


空高く飛び上がるマーヤの姿を思い出した瞬間、涙がこみ上げてきた。

どうしても我慢できなくて、僕は泣いた。

一目も憚らず、涙を流した。


どうして。

マーヤに怪我をさせてしまった。

僕は彼女とチームを守れなかった。

どうして守れなかった。

両手で顔を覆って僕は泣いた。

泣き続けた。


突然、衣擦れの音が聞こえて温かい感触に包まれた。

驚いて顔をあげると

着替えを終えたマーヤが僕を抱き締めているのがわかった。


「マーヤ」

彼女はなにも言わなかった。


涙が止まった。

歪んでいた視界がどんどんクリアになる。


いつの間にか目の前にサムエルと木澤さん、そして佐伯さんが立っていた。

一瞬幻覚かと思った。


「タロ。まだ泣いたらアカンで」

「木澤さん?練り躍りは?」


「皆に任してきた。やることがあるからな」

佐伯さんが代わりに答える。


「やること?」

サムエルが言葉を引き継いだ。

「ナルカミロケット」

いつもの声で屈託なく、笑った。


「なにいってるの?マーヤは怪我してるんだよ?」

それもかなり重症だ。


木澤さんたちがニヤリと笑った。

彼らの後ろからゆっくりと一人の女性が姿を進みでてきた。

貴島さんだった。


「私が飛びます」

彼女の目は、これまで見たことがないほどの熱を帯びていた。

その言葉から、途方もない覚悟が伝わってきた。






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