第43話 もう風は吹かない

 うずくまるマーヤに駆け寄った。

彼女の様子は尋常ではなかった。

涙をいっぱいに溜めながら、必死で痛みに耐えているようだ。

チーム全員が固唾を飲んで事のなりゆきを見守っている。


「マーヤ、左足?いつから?」

僕は冷静を装う余裕もなく、彼女の肩を抱いていた。

マーヤがしきりに首を振る。


「なんでもない」

誰が見ても強がりであることは明らかだった。


監督の青木さんが駆け寄ってくる。

青木さんはマーヤの左足に触れて状態を確認したあと真っ青になった。


「マーヤさん。病院に行きましょう」

マーヤがなおも首を振りつづける。


「行かない。本当になんともないから」

青木さんの表情がすぐに変わった。

まるで不動明王のような頑なさを感じた。


「ダメです。こんな状態でこの後のプログラムには参加させられません」


青木さんの意見に僕も全面的に賛成だった。

「マーヤ。病院にいこう」


マーヤがゆっくりと僕の顔を見つめてきた。

普段は美しく整った彼女の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「行きたくない」

マーヤの瞳が本気で訴えてくる。

吸い込まれそうな美しさだ。


「ダメだよ。絶対に病院に連れていく」

僕も負けじと頑なになった。

マーヤの瞳にまた大きな涙が溜まった。


「タロ。連れていってやれ」

後ろから富山さんの声が聞こえた。


「富山さん」

「お前と一緒ならマーヤも大人しくするだろう」

周りのメンバー達も一同に頷いている。


「でも、この後の練り躍りは?」

そう。

このあとは練り躍りといって、各チームが町中を踊って歩くパレードイベントが予定されている。

チームのキャプテンである僕が抜けていいものなのか。


「心配するな。今日だけは俺がチームを預かる。いや預けてくれ」

富山さんの言葉にはこれまでにない力強さがあった。


青木さんと目を合わせる。

青木さんも深く頷いた。


「よろしくお願いします」

僕はマーヤを背負って病院に向かった。

確か、この時間でも開いている整形外科が近くにあったはずだ。


背負われたマーヤの体はとても熱く

そして軽かった。

病院につくまで、彼女はずっと震えていた。

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