第41話 ラインダンス
ズンバパートが終わった。曲調がいきなりポップに変わってラインダンスパートが始まる。
チーム鳴神ジムでも一際マッチョな俺が陽気にラインダンスを踊るなんて最高にかっこええやろ?
三年前に難病指定を受けたあの日。
目の前が真っ暗になった。
神様は俺からボディビルを奪い去った。
落ち込んでる姿を見られたくなくて、俺はナルカミスポーツジムに移籍した。
あの時のテツさんの顔は多分、一生忘れられへん。
どんな時でも人生を楽しむ
それが俺のモットーや。
こうして大勢で踊るのもその一つや。
ボディビルを辞めても、俺から楽しむことを奪うことなんて誰にもできへん。
覚えてるか?タロ。
最初に二人で筋トレした夜を。
へなちょこのお前がメチャクチャ根性だしたあのスミスマシンを。
お前は俺を尊敬してるらしいな。
でもな。逆やで?
あの日から俺はお前に憧れっぱなしや。
重い重量でも、スタジオで馬鹿にされても、どんなにボロクソ掲示板で書かれても、誰よりも下手くそでも、絶対退かへんお前の姿は俺にとって衝撃やった。
そんなお前に当てられて、俺ももう一回やってみようと思ったんや。
来年で41歳やからなんや。
ブランクがあるからなんや。
難病やからなんや。
俺はもう一回ボディビルを本気でやる。
タロ。テツさんの所に連れていった時から、お前はずいぶん迷ってたな。
でもわかってるで。
お前は俺と同類や。
その決断は間違ってない。
このチームを勝たせてから行こう。
モンスターハウスに。
そしてボディビルを思いっきりやろう。
今度は俺の番や。
強いっていうことのホンマの意味を、俺が教えたる。
ラインダンスはとても疲れる。
ソーランパートとズンバパートで体はもうヘトヘトだ。
激しいダンスで呼吸が苦しい。
ドイツにいた頃は日本でこんな風に踊ってる自分なんて想像できなかった。
日本に来て10年。
たくさんの日本人と出会った。
聞いていた通り、日本人はとっても親切だった。
でもワタシはずっと寂しかった。
いつまで経ってもワタシは日本に来た外国人のままだった。
ワタシが受ける親切には、どこか同情の匂いを感じていた。
本当の友達にはなれない。
結局ワタシは日本人じゃない。
その証拠に、ただの一度だって結婚式に呼ばれていない。
日本に住んでいるドイツ人。
ワタシはずっと孤独だった。
でも、タロは違う。
同情じゃない。
ワタシとタロは友情で結び付いている。
今もワタシの近くで必死に踊っているタロは間違いなくワタシのベストフレンドだ。
ありがとうタロ。ここに連れてきてくれて。
ありがとうタロ。ワタシに全てを打ち明けてくれて。
ワタシはもう1人じゃない。
君はこれから大きな人生の転換を迎えると思う。
でも大丈夫。
国籍も肌の色も関係ない。
ワタシ達が親友であることに変わりはない。
だからタロ。踊ろう。
最後まで。
いつか君が結婚式を挙げる時、友人代表の挨拶は任せてくれ。
ワタシが君の素晴らしさを、優しさを、勇敢さを。
誰よりも流暢に語ってみせる。
だから踊ろう。
この素晴らしさを力いっぱい届けよう。
ラインダンスパートも佳境に差し掛かってる。
観客達の心がどんどん私達に引き込まれてきているのを感じる。
悔しいけど、チーム鳴神のセンターはリエさんで間違いなかった。
今日のリエさんは本当にすごい。
でも、私だって負けない。
この後のナルカミロケットで誰がNO.1なのかを証明してみせる。
隣ではタロが懸命に踊ってる。
下手くそのクセに必死で周りの様子を確認してる。
アンタが観てたってなにもできないでしょう?
こんな時でも、皆の心配?
呆れちゃう。
そんなタロが、堪らなく愛おしい。
観客達は私じゃなくて、チーム鳴神に釘付けだ。
子供っぽいかも知れないけど、私は誰よりも目立ちたい。
観客達の視線も本音を言えば一人占めしたいと思ってた。
私だけを見てほしい。
私は自分の承認欲求を隠せない。
父も母も、姉も。
誰も私だけを見てはくれなかった。
チアリーディングで優勝した時も、足をケガした時も。
私は納得行かなかった。
なんで私だけを見てくれないの?
何人か付き合った男達。数少ない友人達。
結局私だけを見てくれる人なんて誰もいなかった。
先ほどから左足首が途方もなく痛い。
テーピングでガチガチにしてきたのにな。
こんなボロボロになってるのに、ここまで踊れる私って本当にすごいでしょ?
なんで見てくれないの?
本当はもう止まってしまいたい。
ラインダンスが激しさを増す。
でも、私は止まれない。
タロがいるから。サムエルも木澤さんも。
佐伯さんや貴島さんだって。
仲間がいるから。
私はこのチームが大好きだったんだな。
私が一番じゃなくてもいい。
皆がいれば、私は特別じゃなくてもいい。
こんな気持ちになったのは生まれて初めてかも知れない。
フィナーレが近い。
いよいよナルカミロケットだ。
発射台の4人がステージの中央に移動していった。
私も後に続く。
一瞬だけ、タロと目が合った。
なんで?
なんでそんなに真っ直ぐ私を見てるの?
そんな必死な顔で。どこまでも真っ直ぐに。
そんな顔されたら、どうでもよくなっちゃう。
姉へのコンプレックスも
抑えたい承認欲求も
ちぎれそうな左足の痛みも。
他の誰にも見られなくていい。
タロ。アンタだけでいい。
ただ私だけを見てなさい。
よそ見なんて絶対させないから。
タロ達の手のひらの上に足を乗せた。
本当の魔法を見せてあげる。
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