第40話 ズンバ

 ソーランパートが終わった。ズンバパートが始まる。

和楽器による力強い音色から、ラテンのリズムに曲調が変わった。

音楽にあわせて私たちの動きも滑らかな物になっていく。

大胆に、かつ色気たっぷりに。

世界一のエクササイズを振り付けに盛り込むなんて、結構冒険じゃない?


私はまだスタジオでズンバのプログラムを任せてもらえていない。

オリンピック強化選手まで選出された私が。


正直歯がゆい思いはあるけど、ズンバを踊れば踊るほど痛感する。


そんなに甘くない。

確かにズンバは奥が深い。私にはまだ早いのかも知れない。

舞台袖で心配そうに私たちを見ている青木さん。本当にすごい人だと思う。

会員さん達の息づかいが荒くなってきている。

いつもより皆飛ばしてるのかな?

でも動きはとってもキレイ。


私には目標がある。

近い将来、ジムリーダーになってズンバを担当する。

青木さんに代わって私がトップになってみせる。

来年のチーム鳴神は今年よりも凄いチームに仕上げて見せる。

今年のチーム鳴神は私にとっては踏み台でしかない。

でも、なんだか今日は本当に楽しい。

楽しくなって少しだけステップを大きくしてみる。

お客さん達、ズンバを観るのはじめてかな?

私達から目を離せないじゃん。

ナルカミスポーツジムってすごいでしょ。

遠くで踊るタロさんが見えた。相変わらず動きは固いね。さっきのスピーチは本当にかっこよかった。

私には野望がある。

欲しいものは手に入れる。会員さんだからって関係ない。

タロさん、なんだか最近違うジムに気持ちがいってるみたいだね。

でも私にはもう関係ない。

タロさんがジムを辞めようが、タロさんとのこれからを諦めない。

魔法使いがライバルでも絶対負けたくない。

ズンバってすごいでしょ。

何も話さなくても、ちゃんと皆に伝わるんだよ。

でもこればっかりはちゃんと言葉にする。

タロさん、私ね。大切な話があるの。





普段のズンバパートで時々起こる、貴島さんのアドリブ。

テンションが上がった彼女が突然振り付けをアレンジする。

さっきも突然ステップをいつもより大きくした。

これがいい方向に向かえばいいが、はっきり言って余計なことなんてしなくていいと思う。


俺は所謂引きこもりだ。

高校にも行かなかったし、就職もしていない。

無気力な毎日の中で気まぐれに入会したジム。

ここでも俺のことなんて誰も気にしていなかった。

誰からも深く干渉されず、すでにある程度の人間関係が形成されていた。

ここでも俺は蚊帳の外だった。

孤独や疎外感にはもう慣れている。

俺は一人でも平気だ。早くジムを辞めて元の生活に戻ろう。


そんなある日、突然リエさんが俺に話しかけてきた。

家族以外と会話するのは本当に久しぶりだった。

気が付くと俺は1日中ジムに入り浸るようになった。

何時に来るかわからないリエさんをひたすら待ち続けた。

変わり者って思われているかも知れないけど、関係ない。


ここは全然寂しくない。

ズンバパートも中盤だ。

俺たちのセンターは勇敢に矢面にたってチーム鳴神を引っ張っている。


リエさん、小太りで挙動不審で、なんの取り柄もない俺に声をかけてくれて本当にありがとう。

リエさんのおかげで俺は今、こんな舞台にたってるよ。

富山さん達からリエさんの事を守りたかった。

でも、ごめん。

俺にはできなかった。

ムカつくことに、タロが代わりにリエさんを守ってくれた。

あいつは就職もしてるし、周りに友達もたくさんいる。

しかもそろそろ彼女が出来そうだ。


何から何まで俺とは違うけど、羨ましくなんて全くない。

俺は俺でいい。

ズンバを踊る度に強くそう思う。

貴島さんがまたアドリブを入れた。

悪くない。

貴島さんは多分、タロのことが好きなんだろうな。

相手はあの魔法使い。

貴島さんは本当に勇敢だ。


俺ももう逃げない。

リエさんの事を諦めない。

こんな俺なんて、って思うのはもう終わりだ。

来週からは就職活動も始めよう。

自分の金でこのジムに通う。

そしていつの日にか胸を張って自分の事を誇ってみせる。

俺の名前は仁。親から貰ったこの名に恥じない人生を送ってみせる。

正直怖いけど、今度こそもう逃げない。

生きるってそういうことだろう?

とっくに準備はできてる。




「腕トレ教えてください」

タロに話しかけられてからどれくらい経っただろうか。

俺はなぜか周りから怖がられるタイプだ。

手加減ができない。いつでも全力。しかも生れつき体がデカい。

喧嘩には負けた事がなかったし、誰からも馬鹿にされたことなんてない。

それはここでも同じだった。

他の会員からは怯えた視線を送られている。

当然友達なんてできない。

そんな俺なのに、タロは躊躇なく近づいてきてくれた。


ズンバパートも終盤に差し掛かってる。

ズンバが苦手なタロも必死にくらいついている。


正直に告白する。俺は貴島さんが好きだ。

彼女がいるからスタジオにも参加したし、チーム鳴神にだって加入した。

彼女の可憐な笑顔や、ひたむきな性格が俺にとっては何よりも輝いて見えていた。

貴島さんがタロの事をどう思っているかは知っている。

内心は悔しい気持ちでいっぱいだ。


二人の関係を詮索して、タロに冷たくしてしまった時もあった。

でもな。今はそんなことどうだっていい。


タロ。

お前のおかげでわかったことがあるんだ。

壁を作っていたのは周りじゃない。

俺自身だ。

お前と出会ってから、サムエル達とも仲良くなって俺の人生は確実に変わった。

こうして仲間達と踊るのも悪くない。


しまった、少しだけステップを間違えた。

実はなタロ。

俺もズンバが苦手なんだ。

でもそんなことはどうだっていい。

もう悪目立ちすることなんて怖くない。

そろそろズンバも終わりだ。

このあとは最後のラインダンスパート。

ナルカミロケットが待っている。

やってやろうぜタロ。

腕トレは散々やってきただろう?





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