第37話 円陣
誰一人遅れることなく、チーム鳴神総勢33名がナルカミスポーツジムに集結した。
監督の青木さんと、会場入りまでの導線と今日のスケジュールを確認する。
よさこいソーラン祭り初日の今日は、午前10時から開演し市長の挨拶の後、出場チームが順番にパフォーマンスを披露する事になっていた。
パフォーマンス後は練り踊りといって市街をまわりながら簡易なダンスを行う予定となっている
。
僕達の出番は5番目。大体11時頃に舞台にあがることになる。
そして、なんといってもパフォーマンス前には代表者によるチーム紹介がある。
チーム鳴神のキャプテンを任されている僕にとって、このチーム紹介が最大の難関であることは間違いなかった。
改めて緊張する。
「めっちゃ不細工な顔になってるよ」
法被姿のマーヤが少し笑いながらからかってきた。
普段のレギンス姿と違って、衣装の半ズボンから伸びる彼女の素足はとても美しく、僕は咄嗟に目を逸らした。
「チーム紹介、ちゃんとできるかな」
「動画も撮ってるみたいだから、黒歴史だけは作らないようにね」
それだけ言うと彼女はサムエル達の所に向かっていった。
その姿はとても小さく見えた。
左足首の辺りには白いテーピングがはっきりと見える。
なぜか嫌な予感がした。
「そろそろ会場にいきましょうか」
青木さんの号令と共に僕達はメイン会場まで徒歩で移動を始めた。
道中で貴島さんと隣になった。
「いよいよですねタロさん」
唯一のスタッフ参加である彼女は、おそらく誰よりもこのチームの事を真剣に考えている人間だろう。
その声にははっきりとした力強さと責任を感じる。
「いよいよですね貴島さん」
彼女に負けないように僕も言葉に力を込めた。
もう、迷いはない。
「色んなことがあったけど、タロさんを誘って本当によかった。ここまで来れたのはタロさんのおかげです。ありがとうございます」
礼を言いたいのはこちらの方だ。
彼女がいたから自分はここにいる。過去にもしっかり向き合うことができた。
思えば僕にとってのナルカミスポーツジムでの時間は、そのまま貴島さんとの時間だったのかも知れない。
「その言葉は明日が終わるまでとってて。本番、頑張ろう」
僕の言葉に貴島さんが深く頷いた。
「わかりました」
そのまま会場まで黙って歩みを進めていく。
一歩近づくごとに、不思議な高揚感がどんどん増していった。
メイン会場の大きな看板が見えた。
貴島さんが、息を吸う音が聞こえた。
「明日、終わったら伝えたいことがあります」
彼女の言葉に、少し動揺した。
「え?」
「こんな感じで言ったら、どんな話かわかっちゃいますよね」
貴島さんは照れたように笑いながら、早足で僕から離れていった。
会場に着くと、すでに殆どのチームが到着していた。
どのチームもそれぞれ揃いの衣装を身に纏っている。
きっと、彼らも色んな壁を乗り越えて今日という日を迎えているのだろう。
僕達チーム鳴神と同じように。
リエさんと目があった。
僕の顔を確認すると、ふんわりと微笑みかけてくれる。
富山さん達を見た。
また仲良しに戻ったのだろう、富山軍団が固まって談笑している。
町村夫婦は二人で固く手を繋いでいる。
こちらが照れてしまうくらい本当にいい夫婦だ。
貴島さんが先ほどから仕切りに動かしている唇はどんな言葉を発しているのだろう。
体操時代からのおまじないなのかも知れない。
サムエルと木澤さん、佐伯さんは黙って前を見ている。
この三人はやっぱり誰よりも頼もしい。
そして
「タロ、ハチマキ巻いて」
マーヤが僕に赤い鉢巻きを手渡し、後ろを向いた。
僕は素直に受け取り、彼女の額にゆっくりと鉢巻きを這わせた。
「マーヤ。左足」
「大丈夫。ずっと巻いてた。これまでレギンスで見えてなかっただけだよ」
バランスを整えながら彼女の後頭部で鉢巻きを結びつける。
マーヤが俊敏な動きでこちらを向いた。
「似合う?」
出会った頃のショートカットからすっかり延びた髪は僕が巻いた赤い鉢巻きで見事に彩られていた。
「似合ってるよ」
マーヤは満足そうに笑った。
「私なら大丈夫。あなたは自分の心配だけしてなさい」
それだけ言うと彼女は貴島さんの所に歩いていった。
おそらく鉢巻きの感想を求めるのだろう。彼女は少しだけ貴島さんと会話したあと、一瞬だけ僕の方に視線を送った。
「タロ」
突然、後ろから仁の声が聞こえた。
振り替えると彼は見知らぬ男性と一緒だった。
その男性は豪華な刺繍が施された黒い法被を羽織っていた。
「紹介する。風龍の横溝くん。去年までチーム鳴神のメンバーだったんだよ」
横溝と紹介された男は腕を組んだまま、僕達の姿を見つめていた。
なにかわからないが、まるで品定めしているかのような視線だった。
「はじめまして。タロです」
僕が挨拶をすると、横溝は片側の口角だけを上げて不気味な笑みをつくった。
「今年、やっぱり少ないね」
その一言だけで、この男とは友人にはなれそうにないことがわかった。
「しかも、富山もリエさんもいるじゃん。いい年して恥ずかしくないのかなぁ」
この男が言葉を発する度に、なぜか神経が逆立っていくのを感じる。
「まぁ、今年も記念参加だもんね。素人軍団なりに、とりあえず楽しんでね」
横溝の目が下品に歪んだ。
仁もなぜか苦笑いしている。
もしかしたら仁は僕より大人なのかも知れない。
でも、僕はチームをバカにされて黙っていられる程人間ができてない。
「今年はうちがもらいますよ」
横溝の顔から一瞬で笑みが消えた。
「風龍さんも、楽しんでいってくださいね」
「うちは名門だぞ?」
青筋がたっているという表情を初めて見た、
横溝という男は意外と面白い人間なのかも知れない。
僕は負けじとわざとらしく微笑んだ。
「うちには魔法使いがいるんだよ」
強制的に横溝との会話を終わらせた。これ以上は時間の無駄だ。
僕が改めて前を見るとメンバー達の少し不安そうな様子が見えた。
本番が近づいてきて、さすがに緊張しているのだろう。
そう言えば、昨日の挨拶ではろくな言葉を皆にかけられなかった。
僕はキャプテンとして、初めての仕事をすることにした。
「円陣組みましょう」
全員に聞こえるように、手を広げて大きな声で呼び掛ける。
メンバー達が少しぽかんとした後、すぐに笑顔で輪を作った。
僕の隣にはサムエルと貴島さん。
青木さんも巻き込んだ僕達の輪は、会場に大きな青い丸を作った。
「ナルカミ、いくぞ!」
老若男女、34人の声は巨大な雷のようにあたりの空気を振動させた。
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