第34話 アカシア

 スタジオ内に戻ると、メンバー達が心配そうな視線を送ってきた。

僕は小さく「すいません」と謝ると、法被の手渡しを再開させた。


メンバー表に則って一人ずつ順番に名前を呼んでいく。

名前を呼ばれたメンバーはこれまた一人ずつ法被を受け取っていった。

次から次へと手渡しが完了していく。


富山さんの順番がきた。

僕は敢えて間髪いれずに次のメンバーの名前を呼んだ。

もう、富山さんは帰ってこない。

残念だけど、仕方ない。

僕はテンポ良くメンバーの名前を呼び、メンバー達も躊躇うことなく法被を受け取っていった。


そしていよいよ最後の一人。

最後に名前を呼ぶのはスタッフ参加の貴島さんだ。

なんとなくだけど、彼女に法被を渡した瞬間に、いよいよ富山さんの脱退が決まってしまうような気がした。


法被を受け取ったメンバー達は楽しげに鳴神の刺繍の入った法被を満喫している。

メンバー達の喜ぶ顔を見て、複雑な感情が僕を襲った。


このままでいいのか?


去年、徹底的に圧政をひきチームを支配した富山さん。

今年も同様にチーム内の主導権をにぎろうとしたが、今回のチームには僕達と貴島さんがいた。

結果的には思惑通りにリエさんがセンターを務めることになったが、その過程で富山さんはチームから孤立していた。

あれだけ仲の良さそうにしていた富山軍団の面々からも煙たがられている。

そんな状況の中でもあの男はここまで練習に参加し続けていた。


彼にとってそれは辛い日々だっただろう。

それでも彼にはこの場所しか居場所がなかったのだ。

彼は彼なりに自分の居場所を必死に守ってきたのではないか。


そして、最後の希望としていたキャプテンの座さえ僕に奪われた。


今、ここでマイノリティを排除しようとしているのは僕だ。

このままでは去年の富山さんと同じではないのか。


「富山さん」

気がつくと僕は富山さんの名前を呼んでいた。

自分の名前が呼ばれると思っていた貴島さんが、息をのんで目を見開く。

富山さんがこの場にいないことなんて、全員が知っているのに。

「富山さん!」

僕はもう一度、先ほどよりも強く富山さんの名前を呼んだ。


「聞こえてるよ」

全員の視線が一点に集中した。

スタジオの入り口で富山さんが腕組みをしていた。

左手にはリエさんに投げつけられた法被を握りしめている。

「俺は特別でな。センターから直々に法被を受け取ってたんだよ」

ヘラヘラしながらではあるが、しっかりとした足取りでこちらに近づいてくる。

「やっぱ俺がいないと、はじまらないだろう!」

スタジオ中央に仁王立ちした富山さんが、大声を出しながら腕を組んだ。


ふんぞり返る富山さんのお尻の辺りをリエさんが思いっきり叩いた。


「子供か!」

メンバー全員がどっと湧いた。

富山さんは痛がってはいたが、その表情はとても晴れやかだ。

マーヤ達も笑っている。

もちろん、かつての富山軍団の面々も皆、笑顔だ。


「あの、すいません」

ひとしきり笑いが収まり始めた頃に貴島さんが小さく手を挙げた。

「私の法被はありますか?」

笑ったからか、彼女の目は少し潤んでいた。

僕は慌てて貴島さんの名前を呼び、彼女の法被を手渡した。

濡れた瞳で力強く受け取った彼女の視線が、しばらく僕から離れることはなかった。



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