第33話 アダルトチャイルド
翌日から僕は木澤さんとモンスターハウスに通うようになった。
もちろんチーム鳴神の練習もあるので、毎日というワケにはいかなかったが、その頻度は次第に増えていった。
モンスターハウスに行く度に感じる筋肉痛はとても強烈でそれが何とも心地よかった。
しかし、今集中すべきなのはチーム鳴神でのダンス練習だ。
ダンス練習も好調。
本番にむけて順調なステップを踏めている。
しかし、ぼくには一つ懸念材料があった。
僕がキャプテンに任命された翌日から、富山さんが練習に来なくなってしまったのだ。
富山さんとはセンター決めの際に少し揉めている。
僕がキャプテンになったのが面白くないのかも知れない。
あれだけ仲の良かった富山軍団のメンバーからも孤立気味らしい。
リエさんは放っておけばいいと言っていたが、そういうワケにもいかないのがキャプテンというものだ。
今夜の練習会ではいよいよ本番用の衣装が支給される。
鳴神とプリントされたスカイブルーの法被。
もちろん富山さんの分も用意されてある。
練習開始前に一人ずつ順番に手渡しで渡していく段取りになっている。
人数分揃えた法被もこのままでは一枚確実に余ってしまうことになる。
あまりいい人間ではないのかも知れないが、今やマイノリティとなってしまった富山さんをこのまま見捨てるのはどうしても嫌だった。
そんな事を考えながら、僕はぼんやりとスタジオの床の上に胡座をかいていた。
「じゃあ、頼みましたよ。キャプテン」
法被の入った段ボールをポンッと叩き、青木さんが明るい声で僕を呼んだ。
スタジオ内にはチーム鳴神のメンバーが勢揃いしている。
促されるまま、僕はおずおずと全員の前にたった。
メンバー達の表情はとても晴れやかだった。
衣装を貰えるのがとても嬉しいのだろう。
「それでは、一人ずつ法被を受け取りに来てください」
僕は青木さんに手渡さたメンバー表に目を落とした。
なぜか富山さんの名前が最初に目に入った。
富山さんは今、この場にいない。
残念だが仕方ない。もうメンバー達の中では富山さんの存在は完全に希薄なものとなってしまっている。
僕は一つ咳払いをすると、メンバー表から目を離した。
前を向くと、スタジオの外から隠れるようにこちらの様子を伺う富山さんの姿を見つけた。
「富山さん!」
僕は思わず声を出してしまった。
皆が一斉に後ろを振り向く。
僕の声が聞こえたからか、富山さんが小走りでスタジオから離れていった。
気がつくと僕はその後を追いかけていた。
少し距離はあったが、思いの外すんなりと彼においついた。
「富山さん、待ってください。練習はどうするんですか」
富山さんの腕を掴む。
およそトレーニングとは無縁そうな細い腕だ。
「練習?なんの?」
富山さんがぶっきらぼうに返答してくる。
「チーム鳴神の。よさこい祭りまであと2週間なんですよ」
「あぁ、よさこいか。そんなのもあったな」
白々しい。
しかしこの際どうでもいい。
「本番も出ないつもりですか?」
富山さんが僕の腕を振りほどいた。
「実は他のチームから誘われててな。去年の優勝チーム。そっちにいこうかと思ってるんだ」
去年の優勝チームは風龍というチームだ。
急造のチーム鳴神とは違い、歴史のある風龍は、今年も優勝候補筆頭と目されている。
「本当ですか?」
ここまで一緒に頑張ってきた富山さん。
嫌な所もあるけれど、それでも一緒にステージに立てなくなるのは寂しい。
富山さんの口角がゆっくりとあがった。
「まぁ、風龍は名門だからな。こんなスポーツジムのチームより練習がずっと大変なんだよ。まぁ、誘われてしまったものは仕方ないな」
チーム鳴神の練習は決して甘くない。
皆の懸命の努力を馬鹿にされたような気がして猛烈に腹がたった。
何か言い反そうと思ったが、一足先に僕の後ろから女性の声が聞こえた。
「また嘘ついてる」
声の正体はリエさんだった。左手に法被を握りしめている。
どうやら僕のあとを追いかけてきたらしい。
「風龍がこのタイミングであなたを誘うわけないでしょう。知り合いなんて一人もいないくせに」
いつもの彼女とは違う、凄みのある表情だ。
途端に富山さんが狼狽えだした。
「いい加減格好つけるのはやめて。あなたはどうやったってあなたにしかなれないのよ」
まるで母親が幼子を叱っているかのようだ。
背の高い初老のおじさんはイタズラが見つかった少年のように黙って俯いている。
「やるならやる。やめるならやめる。どっちかにしなさい」
それだけ言うとリエさんは左手の法被を富山さんに投げつけ、スタジオに戻っていった。
あまりの迫力に呆気に取られた僕も、それ以上富山さんに何か言うことも出来ずにあとに続いた。
富山さんは投げつけられた法被を握りしめ、なにも言わずに俯いていた。
多分、富山さんは今年もキャプテンをやりたかったんだろう。
嘘で塗り固めた彼の人生。
ナルカミでジムの主として君臨する。
それが唯一彼が自分の存在を確認できる方法だったのではないか。
そのために虚栄を張り、邪魔者は徹底的に排除してきた。
彼自信のアイデンティティーを守るために。
そんな彼の居場所を僕は奪ってしまったのかも知れない。
しかし、そんな傲慢で作られた居場所なんて、誰かの迷惑になるだけだ。
僕は決して富山さんに同情はしなかった。
彼のようにだけは決してなりたくない、と強く思った。
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