第30話 キャプテン
完成させたナルカミロケットをひっさげ、僕達は全体の練習会に参加した。
この日も通し練習が始まる。
センターのリエさんをはじめ、皆いい動きだ。
チーム全体が一つの生き物のような連動感を見せる。
そしていよいよソロパートが近づいてきた。
ソロパートが始まる寸前、僕達は動きだした。
突然僕達四人が走り出し、十字の形でマーヤを囲むと他のメンバー達は騒然とした。
僕達の手の上にマーヤが乗り込む。
「せーのっ!」
次の瞬間、マーヤが飛んだ。
空中でのトータッチもしっかり行う。
そのまま着地までしっかり決めると、メンバーから大きく歓声が起こった。
「すごい!」
町村夫妻がかけよってきた。
本来であればソロパート終了後は全員のラインダンスでフィナーレを迎えるプログラムだが、この時ばかりは誰も続きを踊ろうとしなかった。
皆、一様に拍手を送ってくれている。
中でも一番興奮していたのはスタッフ参加の貴島さんだった。
彼女もこちらに駆け寄ると、思いっきりサーヤに抱きついた。
「マーヤさんすごいです!びっくりした!」
抱きつかれたマーヤも満更でもない様子で貴島さんを抱き締めている。
「ソロパート完成したよ。おまたせ」
事前にこの技をプログラムに組み込む事を知っていた監督の青木さんだけが、満足そうに頷いていた。
「これで、全プログラムが完成しました。すごいプログラムが出来たと思います」
本番まであと1ヶ月あまり。あとは全体の精度を高めるだけだ。
通し練習を途中で中断させてしまったので、もう一度最初から通し練習をやり直すことになった。
全員が指定のポジションに移動する。
後列右端には僕。隣にはマーヤ。
彼女も興奮しているのか軽く紅潮していた。
全員が位置についた事を確認すると、青木さんがとても大切な話を始めた。
「突然なんですけど、今年も演者の中からキャプテンを選ばないといけません」
チーム鳴神がざわつく。
「キャプテンには前夜祭の挨拶をしてもらうんですけど、誰かやってくれる人はいますか?」
こうなると、日本人は慎み深い。
キャプテンに立候補しろ、となるとなかなか名乗りを挙げる者はいなかった。
皆、周りの様子をキョロキョロと伺うばかりだ。
もちろん僕もその一人で、周囲の様子を観察した。
僕とは反対側に位置している富山さんが、なにやら声を発していた。
「誰もやらないのか?ん?」
どうやら富山さんはなし崩し的に自分が名乗りを挙げたいようだ。
仕方ないなぁ、としきりに首を振っている。
他にやりたそうな人もいないし
どうやら代表者は富山さんに決まりそうだな。
僕は少しだけ安心した。
参加するだけでも精一杯なのに、間違ってキャプテンなんて就任させられたら、さすがに荷が重すぎる。
富山さんが務めてくれるのなら、気が楽だ。
僕は苦手な責任感から逃れられそうな状況にとても安堵した。
しかし、僕の期待はすぐに裏切られた。
「タロくんしかいないんじゃないですか?」
センターのリエさんが僕を推薦した。
スタジオ内に沈黙が訪れる。
リエさんが僕の方を向いて問いかけてくる。
「タロくん、無理?」
今度は全員の視線が僕に集中した。富山さんでさえ、こちらに視線を向けている。
「タロ、やりなよ」
隣のマーヤが微笑みながら囁いた。
どこから始まったのかわからないが、拍手の波が自然発生した。
至る所で僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。
ここまで来るととても断ることなんてできる状況じゃない。
「やります」
こうして僕はチーム鳴神のキャプテンになった。
次の日から富山さんが練習に参加しなくなった。
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