第29話 ナルカミロケット
サムエルから次のバスケットトス練習の日時を聞いた。
どうしようか悩んだけど、僕は参加することにした。
もしかしたら受け入れてもらえないかも知れないが、せめて何か少しでも手伝えることはやってみたい。
時間通りに体育館のドアを開けた。
体育館の中ではもうすでに四人が練習を開始していた。
四人は僕に気づくと少し驚いた表情をみせた。
やっぱり、来ない方がよかったかな?
僕が少しだけ不安になっていると木澤さんが大きな笑顔を作って、叫んだ。
「遅いで、タロ!早くこっちこいや」
佐伯さんとサムエルも笑って頷いている。
マーヤだけがしかめっ面をしていた。
僕は夢中で体育館中央の彼らの元まで走っていった。
まずは謝らないと。
「すいませんでした!」
僕は深々と頭をさげた。
こんなに真剣に誰かに謝ったのは久しぶりだ。
中学の時、こんな風に謝れていたら僕は高校でも野球を続けていたかも知れない。
「僕も練習に参加させてください」
悩みに悩んだが、やっぱり僕も彼らの期待に応えたい。
もう遅いかも知れないが、これが僕の本当の気持ちだ。
顔をあげるとマーヤ以外のメンバーは嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「当たり前やろ。早くやろうや」
木澤さんの声も明るい。
マーヤは相変わらずの仏頂面だったが、僕が笑顔を返すとゆっくりと近寄ってきた。
「むかつく」
彼女はそれだけ言うと僕の背中を思いっきりひっぱたいた。
いくら鍛えていても痛いものは痛い。
思わず悲鳴が漏れたが、マーヤは意にも介さず僕から離れ、黙々とストレッチを開始した。
背中がヒリヒリする。
佐伯さんが黙ってさすってくれた。
「おかえり」
大きくて暖かい手だった。
僕達五人はそこから必死にバスケットトスの練習をした。
本番まで2ヶ月。もう時間がない。
なんとか今日中にこの技を完成させねば。
発射台が四人になったことで安定感が増したが、タイミングの合わせ方が難しい。
何回やっても満足の行くトスができない。
僕達は何度もトスを繰り返した。
たくさんの失敗が不思議と楽しかった。
やがて、僕達の間に言葉はいらなくなった。
そして
「せーのっ!」
僕の掛け声に合わせて四人が力を込めてマーヤを投げ飛ばした。
これまで感じた事のない不思議な感触だった。
まるで重力が存在しないかのような感覚。
マーヤが高く舞った。この前よりも高く。
空中で彼女が開脚し、両手で足の爪先を触った。
僕にはその光景がまたスローモーションのように見えていた。
ゆっくりとした時間の中で、彼女は仰向けの体勢になり、落下してくる。
僕達は腕を使ってネットを作った。
両腕にマーヤの重さを感じる。
そのままの姿勢で僕達は停止し、お互いの顔を見合せた。
「今のすごくなかった?」
マーヤが弾むように僕達の腕が飛び降り、歓声をあげた。
「できた!今のは完璧にできた!」
僕達発射台も雄叫びをあげた。
ついに僕達はバスケットトスを完成させた。
皆で抱き合い、お互いの健闘を称え合う。
「今の感覚忘れないように、早くもう一回やろう!」
僕達はそれから何度もバスケットトスを繰り返した。
偶然かも知れないが、そこからは一度も失敗することはなかった。
僕達はこのバスケットトスに名前をつけた。
「ナルカミロケット」
小学生みたいなネーミングがなぜか誇らしかった。
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