第26話 魔法使いと四人の仲間たち
翌日、僕達は思い付いた案をサムエルと木澤さんに伝えた。
彼女が捻り出した案は、意外なものだった。
ソロパートはダンスではなくバスケットトス。
つまり、発射台となる人間を作りマーヤが高く飛び上がる、チアリーディングの技を組み込む。
未だかつて、このよさこいソーラン祭りでそんな大技を披露したチームは存在しないだろう。
サムエル達にもマーヤのバスケットトスの動画を見せた。
確かにこれならとんでもないインパクトを残せる。
演舞のフィナーレを飾るのにはもってこいだ。
サムエルはすぐに乗り気になった。
しかし、木澤さんが首をかしげる。
「飛ぶのはマーヤやけど、土台は?誰がやるんや?」
一人はサムエル。
もう一人は木澤さん。
チーム内でもトップの怪力を誇る彼らなら立派な発射台になるだろう。
しかし、二人ではどうにもバランスが悪いように感じる。
「大丈夫」
右手でピースを作りながらマーヤが答える。
「ちゃんと目星はついてる」
ニヤリと笑い、彼女の視線は一点に向かった。
その先には「克己心」と書かれたTシャツを着た佐伯さんがいた。
「佐伯さんの腕の力は化け物よ。しかもタロとも仲がいい。彼以外に適任はいない」
確かに佐伯さんの腕力はジム内でもダントツだ。
トータルでは木澤さんに及ばないかも知れないが、その体は全く見劣りしない。
しかし、センター決めの時以降、なぜか僕と佐伯さんは少し疎遠になっていた。
話かけるのは正直気が引ける。
少し怯えつつもマーヤ達に促され、僕は佐伯さんに話かけた。
「佐伯さん、ちょっといいですか?」
佐伯さんは信じられない重量のバーベルを転がしてから顔をこちらにむけた。
「ん?」
彼の反応は意外と普通だった。これなら行けるかも知れない。
僕はマーヤが思い付いた案を佐伯さんに伝えた。
佐伯さんの力がどうしても必要なのだ。
「なので、力を貸してください」
正直、緊張する。
確かに仲はいい方だけど、佐伯さんの迫力は嫌でも僕を萎縮させる。
「いいよ」
佐伯さんはあっさりと承諾してくれた。
「ほんとですか!?」
あまりにもすんなりと協力してくれたので、僕はとても意外だった。
「タロ、悪かった。なんとなく話かけにくくてな」
腕周り50センチはあるであろう大男がこめかみの辺りをポリポリと掻きながら、申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「僕の方こそすいませんでした。なんか佐伯さん怒ってるのかなって思ってました」
佐伯さんは尚も恐縮した様子だ。
「いや、忘れてくれ。でも一個だけ確認していい?」
確認?なんだろう?
僕はしっかりと伝わるように頷いた。
「貴島さんとはホントになんにもないんだな?」
マーヤの無事に発射台が揃った。
佐伯さんを迎えた僕らは早速監督である青木さんに計画を報告した。
青木さんは信じられない、といった表情ではあったが了承してくれた。
次の練習会は日曜日を挟んで月曜日。
僕たちは休日を利用してバスケットトスの練習を敢行することにした。
翌日、木澤さんが手配してくれた体育館に僕達5人は集まった。
発射されるマーヤ
土台となるサムエル、木澤さん、佐伯さん。
そして動画撮影係の僕。
バスケットトスの練習は経験者であるマーヤが主導となって行われた。
三人の大男達がトライアングルの陣形をつくる。
その中心にマーヤが飛び込む。
もちろん最初は軽く。
バスケットトスは投げる瞬間よりも落ちてくる人間を受け止める瞬間の方が重要なのだ。
最初は持ち上げるくらいの高さから、練習が進むにつれて少しずつ高度があがっていった。
しかし、飛び上がるマーヤは不満そうだった。
「バランスが悪い」
発射台担当の三人を並べてサーヤが一喝した。
「三人がトスするタイミングが微妙にずれてる。このまま高度をあげたら私、ほんとのミサイルになっちゃうよ」
彼女の不安は最もだ。
バスケットトスは決まればこれ以上なくアクロバティックな大技だが、ひとつ間違えれば大事故に繋がる可能性を秘めている。
それだけ土台となる人間の責任は重要なのだ。
「でも、マーヤ。俺たち素人なんやで」
木澤さんが苦笑いしながらサーヤを嗜めた。
「そんな体しておいて素人って言い訳しないでください。こっちには映えがかかってるんです」
彼女は一歩も引かない。
「ちょっと飛ぶだけじゃダメなのかよ」
佐伯さんも木澤さんに加勢する。
「こっちは映えがかかってるんです!」
尚もマーヤは一歩も引かない。
サムエルは困ったように笑っている。
練習開始から早くも2時間。
全員肩で息をしている。
発射台の三人とマーヤの呼吸は一向に合う気配はない。
何回やっても発射台3人のタイミングがあわない。
僕は撮影しておいた10数回と繰り返される失敗トス動画を食い入るように見返していた。
その時、あることに気づいた。
「せーのって言えばいいんじゃない?」
四人がポカンとした表情でこちらを見た。
そんな原始的なタイミングの合わせ方を今までなぜ思い付かなかったなか。
練習開始から現在に至るまで、誰も声でタイミングを合わそうとしてなかったのだ。
「それだ!」
マーヤが弾むように練習再開を宣言した。
しかし、発射台三人の表情は尚も暗い。
「なにやってるんですか!早くやりましょうよ!」
マーヤが三人を鼓舞する。
木澤さんが本当に言いづらそうに口を開いた。
「誰が?誰が合図だすんや?」
僕の思考は完全に停止した。
「サムエルやるか?」
「いや、ぼくはむりかな。にほんごとくいじゃないし」
「佐伯くんは?」
「俺は口下手だから。木澤さんは?」
「昔から変なタイミングで号令かけてしまう癖があるねん」
この三人は一体なんの相談をしてるんだ。
「小学生か!合図出しくらいさっさと決めなさい!」
怒りのあまりマーヤから敬語という概念が消えた。
ついには掛け声はせーのっでいいのか?
数字のカウントの方が良くない?
サムエル、ドイツ語で3.2.1ってどうやっていうの?
などという議論にまで展開していた三人がピタリと止まる。
「じゃあ、タロがやってくれ」
突然、木澤さんが僕に水をむけた。
「タロが、せーのって言ってくれ。それに合わせる」
サムエルと佐伯さんも大きく頷いている。
正直、撮影係の第三者目線で調子に乗っていた僕は完全に浮き足だった。
「無理ですよ!僕なんかじゃ」
慌てて断ろうとしたが、その努力は無駄に終わった。
「タロがやりなさい」
マーヤの冷たい一声で僕は号令係に任命された。
少しタイミングの打ち合わせをして、合図ありのバスケットトス練習が始まった。
今度も最初は軽く。
徐々に高度を上げていく。
だんだんタイミングが合ってきた。
「よし、じゃあ本番想定で本気トスやろっか」
マーヤが意を決した。
全員が強く頷く。
サムエル達がトライアングルを作った。三人が手を組みサーヤの乗り場を作る。
僕は集中してその姿を凝視し、息を吸った。
マーヤが三人の手の上に乗り込んだ。
「せーのっ」
僕は合図を出した。
次の瞬間信じられない程の高さまでマーヤが飛んだ。
まるで勢いよく飛び立つロケットのようだった。
空中でマーヤが開脚する。
動画で見たあの技だ。
僕は本心から感動した。空高く飛び上がる彼女は本当に魔法使いのようだった。
体育館の高い天井に吸い込まれそうなマーヤ。
美しい、と素直に思った。
僕はまるで夢の中にいるような感覚を覚えた。
これが彼女の魔法だ。
「危ない!」
僕を魔法の世界から現実に引き戻したのは彼女の悲鳴だった。
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