第25話 魔法使いの憂鬱 2
ある所に一人の女の子がいた。
女の子には5つ年上の姉がいた。彼女の姉は非常に優秀であり、幼い頃から文武とも秀でた才能を発揮していた。
やがて姉は県内でもトップクラスの私立中学校に通うようになった。
毎年卒業生からは何人も東大生を輩出するような進学校であり、姉はそこでもトップクラスの成績を次々と残していった。
姉は元々、有力な陸上選手でもあった。
長距離走をその生業としていた姉は小学校の時には全国大会の表彰台に登り、中学でもその才能をいかんなく発揮した。
快活で才能に満溢れる彼女に、両親は心酔していた。
どこにいても郡を抜く才能を発揮する姉は両親にとってこの上ない自慢であった。
一方、そんな姉にも妹がいた。
優秀な姉と同じ遺伝子を持った妹も、当然のように周囲から期待された。
優秀であることを義務づけられた。
しかし、妹は姉とは違い良くも悪くも普通の女の子だった。
特段要領が悪いわけではないが、かといって際立って輝るものもない。
そんな妹に両親はなぜか失望した。
やがて妹は自分と姉とは違う、という事を自覚するようになった。
陸上選手としてのステージをどんどん登る姉とは違う道を進みたい。
そんな時、妹はチアリーディングに出会った。
お揃いの衣装、煌めく笑顔。
なにより彼女を虜にしたのはスタンツと呼ばれる技の存在だった。
妹は地元のチアリーディングチームに入団した。
そして来日も来日も没頭した。
足首が腫れても、練習でたんこぶを作っても、妹は練習をやめなかった。
やがて妹は気付くことになる。
自分には姉と同じ才能はなにもないが、チアリーディングだけは絶対に姉に負けることはない。
妹がそう自信を持ち始めた頃と、姉の隆盛が衰え始めたのは奇跡的にも同じ時期だった。
姉は慢性的に抱えていた足首の故障がついに庇いきれなくなり、陸上選手としての可能性を諦めた。
どういうわけだか勉学の方の冴えも鈍くなり、結局姉は有名大学とは到底呼べない大学になんとか滑りこんだ。
つまり、姉も自分と同じ普通になった。
しかしその頃の自分にはもうチアがあった。
妹ははっきりと確信した。これからは自分の時代だ。
両親の期待も、周りからの羨望も、姉が秘かに自分に対して感じていた優越感も、今度は自分が味わう番なのだ。
ところが、妹に姉と同じ栄華が訪れることはなかった。
どういうわけか両親の興味は妹にむくことはなく、いつまで経ってもかつての姉の姿からその視線が離れることはなかった。
姉は大学卒業と共に都会に行き、いつの間にか結婚した。
妹は絶望した。
自分はなにをやってもかつての姉のようにはなれない。
それでも妹は諦めなかった。
大好きなチアをもっと頑張ろう。
中学になっても、高校に通っても、大学に進学しても妹はがむしゃらにチアと向き合った。
大学3年次にはついに姉も成し遂げなかった全国優勝まで果たした。
自分が主力となる4年次、今度も仲間と力をあわせてもう一度頂点にたつ。
そうすることで自分はかつての姉を超えることができる。
両親の視線もこちらにむかざるを得ないに違いない。
しかし、現実はそうはならなかった。
スタンツの練習中の事故でおった故障で彼女のチアリーディング人生は終わった。
奇しくも姉と同じ左足の故障だった。
それでもやはり彼女に向けられる視線はひとつもないままだった。
「で、私は家をでたの」
ここまで話すのにマーヤは3回生ビールのグラスを空っぽにした。
「今は足首は大丈夫なの?」
普段から健康そのもので、竜巻を起こすように踊る彼女の足首が無性に心配になった。
「ケガしたのなんて、何年も前だよ。とっくに治ってる」
それを聞いて少し安心した。
でも、多分それは強がりだ。
時折、足首を庇いながら歩く彼女の姿をこれまで何度も目撃している。
「ナルカミに入った時からスタジオの存在は気になってたの。でも、踊るのはもういいかなぁって」
「ヨガとかは入ろうと思わなかったの?」
マーヤは少し紅潮した顔で溜め息をついた。
「入ってもよかったんだけど、スタジオ入るようになったらどうせダンスもやりたくなっちゃう。性格的に手抜けないから、めんどくさいかなぁって」
「軽くでもよかったじゃん」
スタジオで行われているのはあくまでエクササイズだ。
誰かに評価されるものではない。
「わかってないなぁ。私はどこでだって一番目立ちたいの。スタジオで一番目立つのって結局インストラクターじゃん」
だからイヤだったの
彼女はそう呟いた。
「そっか」
半分は理解できるけど、それだけが理由ではない。
おそらく彼女のケガは相当重かったはずだ。
僕は彼女の足首に薄い傷痕があるのを知っている。
あれはきっと手術の跡だ。
きっと彼女は今もケガの再発の危険と戦っている。
「センターじゃないんだし、無理しちゃダメだよ」
マーヤは呆れたように顔をしかめた。
「センターじゃないから張り切るんじゃん。ソロダンスで主役が誰なのかはっきりさせてあげるわ」
どうやら止めても無駄のようだ。
ケガの再発の件は僕の考えすぎなんだろう。
「映えないとね」
僕は意識して笑顔を作った。
「そのために振り付けをこだわらないと。でもあんな短い時間でインパクト残すのって、結構無理ゲーじゃない?」
彼女の懸念は最もだ。
彼女だけに与えられた時間は10秒ほど。
いくら彼女が魔法のステップを持っていも、その短い時間でかけられる魔法は少ない。
僕達はしばらく黙りこんだ。
「チア時代の動画はないの?」
沈黙を破るように聞いてみた。
「あるけど、変な感想とかいらんからね。これでも全国とってるんだから」
マーヤは再び自分の携帯を操作して、僕にひとつの動画を見せてくれた。
それは動画投稿サイトにアップされているチアリーディングの動画だった。
「私が3年の時、全国制覇した時のだよ」
動画には同じユニフォームを着たチアリーダー達が20人ほど映っていた。
「あ、マーヤだ」
今より少し幼い。
しかし毎日見ている彼女の顔は大勢の中でもすぐに見つけることができた。
「え、わかるの?」
マーヤは少し意外そうだった。
動画は進む。
確かに凄い動きだ。
まるで全員がひとつの生き物であるかのように連動し、迫力あるチアリーディングを展開している。
本当に凄い。
これが全国レベル。
僕は液晶画面から目が離せなくなった。
動画の中で躍動する彼女たちは、まるで今にもこちらに飛びだしてきそうな迫力に満ちていた。
その時だった。
動画の中のマーヤが空高く飛んだ。
「え!?なにこれ!?」
もう一度巻き戻して観てみる。
四人の女性が十字の形で密集し、少し屈む。
その中心にマーヤが駆け込む。
次の瞬間、彼女が飛んだ。
正確には四人の土台から飛び出した。
まるでロケットと発射台だ。
「あぁ、バスケットジャンプね」
僕は何度も巻き戻してそのバスケットジャンプを観返した。
「私、軽かったからいつも飛ばされる側。飛んだ時は気持ちよかったなぁ」
空高く飛んマーヤは万有引力の法則に則って落下していく。
先程彼女を投げ飛ばした四人が今度はネットのように腕を組んで彼女を受け止めた。
「すごい」
僕は画面の外にいるマーヤをまじまじと見つめた。
魔法使いは照れくさそうに僕から目線を外した。
「これ、生で観たかったな」
本心からそう思った。
四人の腕から空高く飛び上がるマーヤ。
想像しただけで、胸が踊る。
「キモ。生で観たかったとか言うなよ」
心なしか彼女は早口になっていた。酔いで顔が真っ赤だ。
焦点もあってない。
しかし言い終わった瞬間、彼女の目に力強さが宿った。
「そうだ」
突然、呂律が戻った。
「なにが?」
目の前の魔法使いはとんでもない魔法を思い付いたらしい。
「もう一回飛べばいいんだ」
残念ながら一般市民の僕には、なんのことだかさっぱりわからなかった。
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