第24話 魔法使いの憂鬱
ソロパートを担当することになったマーヤの孤独な戦いは、もう2週間近く続いていた。
全体練習ではリエさんをセンターとしたフォーメーションが徐々に固まりつつある。
ジム内でまさかの恐怖政治を引いた上、革命を起こされるという快挙を成し遂げた富山も、あの一件以降特に目立った動きはない。
どうやら富山軍団も実質崩壊しているらしい。
ダンス力が明らかに劣っていた僕とサムエル、佐伯さんもなんとか悪目立ちしない程度には上達していた。
問題は我らが魔法使い様だ。
マーヤはソロダンスの振り付けについて、完全に悩んでいるらしい。
「そもそも32人が静止してる中で私だけ踊るって、なんかズルくない?皆、その間休憩してんじゃん」
確かソロパートを提案したのは彼女自身ではなかったか。
「タロが指名したんだから、タロが振り付け考えろ」
「そんな事できるわけないだろう」
マーヤとのこのやり取りは恐らく10回以上行っている。
どうやら彼女の自尊心はぶつかる天井を持っていないらしく、いかに自分が目立てるかという一点においての執着は他の追随を一切許さないものらしかった。
映える
それは彼女の行動原理そのものだった。
その自尊心ゆえ、自ら考えるソロダンスの振り付けに一切の妥協を許せなくなっていたのだ。
あまりにも煮詰まった彼女を見かねて、僕は食事に誘った。
サムエルと木澤さんも誘ってみたけれど、なんとなくはぐらかされて断られてしまった。
結局僕はマーヤと二人でエスニック料理を食べにいくことになった。
商店街の片隅にひっそりと営業するその店は、どうやらバリを意識しているらしく、細部まで不思議な調度品で彩られていた。
いかにもマーヤが好きそうだ。
「生ビールと青菜のにんにく炒め。あとミーゴレンお願いします」
マーヤがメニューを一瞥して瞬時に注文する。
「僕はウーロン茶と蒸し鶏をお願いします」
アジアンテイストな装いの店員さんが軽やかに厨房の方に向かっていった。
「なんでお酒飲まないの?」
マーヤが特に興味も無さそうに聞いてきた。
「筋肉によくないからだよ」
「でた。筋肉厨。普通これからビール飲む女の前でそんな事言う?」
どうやら彼女の機嫌はあまり良くないようだ。
今夜の食事は出来るだけ粗相のないよう気をつけよう。
やってきた生ビールを半分ほど飲み下してから、マーヤはいよいよ本題に入った。
「ソロダンスが上手くいきません」
彼女のソロダンスは改良に改良を重ねた結果、なんとも前衛的なものに形を変えてしまっていた。
迷走中であることは誰の目にも明らかだった。
「このままじゃリエさんに全部持ってかれる。ソロまで取られたらマジで私いる価値ないじゃん」
「リエさんのセンターは納得したんじゃなかったの?」
いや、確実に納得していたはずだ。
なんなら証人もたくさんいる。
「納得してるけどさ。やっぱ私も爪痕残したい」
つまりはソロダンスでインパクトを与えたいという事だろう。
彼女は生ビールを飲み干し、再度同じものを注文した。
よっぽどフラストレーションが溜まっていたんんだろう。その後もペースを落とすことなく彼女は次から次へとジョッキやグラスを空にしていった。
それに応じてどんどん呂律が怪しくなる。
「そう言えばセンター決めの日、あんた結構かっこつけてたよね」
そんなつもりは一切ないのだが、どうも周りからはそう見えてしまったらしい。
その件に関しては、これまでもマーヤから時々イジられている。
「私にソロ任すのはいいとして、隣で踊れはヤバくない?聞き方によったらマジで告白だよ?」
「本当にその件については悪かった」
僕は素直に謝った。
確かに紛らわしい言い方をしてしまった。
「あれってさ、ホントに告白だったりしない?」
彼女は少しだけ真剣な表情をした。
僕はその眼差しから目を逸らすように蒸し鶏に箸をのばした。
「あんな所で告白なんかしないよ。学園ドラマじゃないんだから」
蒸し鶏はしっとりと柔らかかったのだが、不思議となんの味も感じなかった。
先ほどは塩味が効いていてとても美味しかったはずなのだが。
「貴島さん、すごい顔してたよ」
「貴島さんは関係ないでしょ」
「ふぅん。そうだよね」
なにか納得したのかマーヤは話題をすんなりとソロダンスに戻した。
僕は前から気になっていた事を聞いてみた。
「そういえば、チア時代の写真とか動画とか持ってないの?」
「見たいの?私の暗黒黄金時代」
「なにそれ」
黄金暗黒時代とはどういう時代を指すのだろう、それでも見たいとお願いしてみた。
マーヤは少しだけ逡巡すると、テーブルに置いてあった携帯を拾いあげ、なにやら操作を始めた。
「はい」
こちらに渡された携帯の液晶画面には今よりも少し幼いマーヤが映っていた。
チアリーダー姿だ。
「スクロールしたら他も見れるから。エロい目線では絶対見るなよ」
言われた通りスクロールしていく。
仲間との写真、練習中の写真、本番中の写真。どの写真にもマーヤがいた。
その表情はどれも生き生きとしていた。
「すごいじゃん。マジでチアやってたんだね」
「疑ってたのかよ」
マーヤは照れるように唇を尖らせた。
「私も見せたんだから、タロのレスリング時代の写真も見せてよ」
断ると機嫌を損ねそうだったので、僕も携帯の中に眠っているファイルを久方ぶりに呼び起こし、彼女に渡した。
写真を見るとサーヤは途端に嬉しそうになった。
「めっちゃ坊主だ!それに衣装際どい!」
レスリングの試合ではかなりボディラインがでるユニフォームを着る。
現役時代は全く気にしたことはなかったが、そんなことを言われるとやっぱり少し恥ずかしい。
「それはシングレット。衣装って」
彼女は指を器用に操り、その度になにやら歓声をあげた。
しかし突然その指が止まった。
「あれ?」
しまった。間違って女性グラビアの写真でも混ざっていたか。
「これ、野球だよね?」
僕は慌てて彼女の手から自分の携帯を奪い取った。
マーヤは少し驚いている。
「友達の試合見に行った時のだよ。エロ画像とかでてきたら困るからもう終わり」
あまり納得は言っていないようだが、彼女はすんなりと野球の話をやめてくれた。
もう2度と話が蒸し返されないように、僕は話題を変えた。
「で、暗黒黄金時代って?どう見ても黄金時代じゃない?」
なぜ暗黒と黄金が混在しているのか知りたかった。
彼女は一つため息をついた後、囁くように言った。
「タロならいいか」
よく聞こえなかったがどうやら話してくれるようだ。
いつの間にか頼んでいたのだろう、新しいジョッキが運ばれてきた。
「私がチアを始めたのはね」
僕はこの日、マーヤという女の子を初めて知った。
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