第23話 君にしかできない事
沈黙がスタジオ内に続いた。
皆、僕の言葉が信じられないようだ。
一番驚いていたのはリエさんだったようで、その目は大きく見開かれていた。
「なんで?」
掠れるような声でリエさんが声を絞り出した。
マーヤの親友のあなたがなんで?
昨日、自分の考えは間違っていると言い切ったあなたがなぜ?
なんで自分を指名するの?
短い言葉の中に彼女の強い困惑を感じた。
それは他のメンバーも同じだったようで、リエさんを強く推薦した富山でさえ、同じ表情をしていた。
「鳴神のセンターはリエさんの場所だからです」
全員が途端に眉を潜める。
「マーヤは確かにすごいけど、うちのセンターはやっぱりリエさんです。マーヤにはちゃんと別の場所がある」
マーヤが少しだけ首をかしげる。
なに言ってんだこいつ、とでも言いたそうだ。
「リエさんならきっとできる。僕達のセンターはリエさんしかいません」
リエさんが少しだけ早口でまくし立てた。
「去年の話もしたでしょ?私のせいでチームはバラバラになったのよ?今年も同じ結果になるかも知れないんだよ?」
僕はもう彼女の本当の気持ちを知っていた。
「でも、センターで踊りたいんでしょ?」
その一言に対する返事はなかった。
変わりに彼女の瞳が少し潤んだ。
「さっき言ってたじゃないですか。誰かに言われたからじゃなくて、自分の意思で踊りたいって」
僕は富山軍団以外のメンバーとは全員対話を行っていた。
皆、富山達の圧力やチーム内でのふるまいには不満を持っていたけれど、リエさん個人の事を悪く言う人間は一人もいなかった。
むしろ、美しく凛とした彼女に憧れている者も多かった。
一方マーヤは、とんでもない魔法を持っているが、スタンドプレーが目立つ部分も多く、皆の信頼を勝ち取れているとは言い難かった。
富山軍団の一人ではなく、チーム鳴神の一人として踊りたい。その決意をリエさんが口にした時に僕の気持ちは決まっていた。
「うちのセンターはリエさんしかいません」
僕が再度彼女に伝えると、今度はスタジオのあちこちから賛成の意味を込めた拍手があがった。
ライバル関係にあったマーヤですら満足そうに手を叩いている。
リエさんの瞳からは、もう幾筋もの涙が流れていた。
「ちなみに私の場所ってどこよ?」
拍手がなりやんだ後、マーヤが煽るように聞いてきた。
それに関してももちろん考えはあった。
「僕の隣です」
スタジオ中がどっと湧き、マーヤの顔が真っ赤に染まった。
「何言ってんの?頭おかしいんじゃないの?」
よく見るとなぜか貴島さんまで真っ赤になっていた。
僕は一切迷いなく言葉を続けた。
「マーヤは僕の隣で踊って。そのかわりソロパートはマーヤに任せたい」
僕達の青春ラブコメに盛り上がっていたスタジオ内が途端に静かになった。
「ソロはセンターじゃなきゃだめってルールはないでしょ。だったらソロはマーヤしかいないよ」
「なんで私しかいないのよ。リエさんでいいじゃん」
マーヤが慌てたように食って掛かってくる。
僕は彼女が魔法を使える事を知っていた。
彼女の実力は正直に言ってリエさんより上だ。
演舞の終盤に最大のインパクトを与えられるとしたら、それはきっとマーヤしかない。
「マーヤがソロを踊るなら僕達はきっと勝てる」
そう思っているのは僕だけではなかった。
メンバーのほとんどが小さく頷いている。
「本気で言ってんの?」
マーヤは皆の反応が未だに信じられない様子だった。
「じゃあ多数決、取ります?」
町村夫妻がおどけて提案する。スタジオが再びどっと湧いた。
もちろん、多数決を取る必要なんてどこにもなかった。
「去年のチームの半分しか人数はいないけど、これなら絶対行ける。最初から負けるつもりで練習なんてしたくない」
リエさんと目があった。
「去年のメンバーに、最高の演舞をみせましょう」
彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠そうともせず何度も強くうなずいた。
「それでは改めて、センターはリエさん。ソロはマーヤさん。二人にお願いしていいですか?」
タイミングを見計らって、監督の青木さんが二人に最終確認をした。
「はい」
2人の声は合わせたようにシンクロしスタジオ中に美しく響いた。
でも、その反響は直後に始まったチーム鳴神による割れんばかりの大拍手ですぐにかき消された。
いつまでも続く拍手の中、僕達のセンターが力強く叫んだ。
「勝ちましょう!」
リエさんのそんな大きな声は誰も聞いたことはなかった。
この日、僕達はチーム結成以来初めて全体写真を撮った。
撮影した写真はその日のうちにマーヤのインスタに投稿された。
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