第22話 センターポジション
「ふざけるな!」
富山さんが矢継ぎ早に不満の声をあげる。
富山軍団の女性達もそれに続いた。
突然、センターを決めろと指名された僕はまさに混乱の最中にいた。
「なんでこんなヤツにそんな決定権を渡すんだ!多数決でいいだろうが!」
富山さんは僕とマーヤが仲がいいことを知っている。
彼の焦りは相当なものだった。
青木さんと貴島さんがなんとか宥めようとするが、富山軍団の怒号は収まらない。
それどころかどんどんエスカレートしていく。
多数決!多数決!!
顔を真っ赤にして叫ぶ富山軍団。
スタジオ内は収集不可能な状態に陥った。
その時、太鼓を鳴らすような大きな破裂音が室内に響いた。
音の正体を確認すると、腕を組んだままの佐伯さんが、思いっきり地面を踏みつけていた。
一瞬で富山さん達が口を閉ざす。
スタジオ内は先程と打って変わって静寂に包まれた。
「うるさい」
佐伯さんの低い声がひんやりと聞こえた。
まさに鶴の一声。いや獅子の一吠え。
ものすごい迫力だった。
もちろん富山さん達は一同に押し黙った。
「皆さん、落ち着いてください。経緯を説明します」
貴島さんが少し前にでた。
「タロさんに決めて欲しいって最初に希望したのはリエさんなんです」
メンバー達がざわついた。
リエさんがなぜ?
マーヤと仲がいい僕がリエさんを選ぶ可能性は一切ないとわかっているのに。
リエさんが貴島さんの後を引き受けた。
「このまま多数決はいやです。自分に決まっても、ごめんなさい。踊れない」
彼女の言葉は先日と違ってはっきりと力強い。
「タロくんはチームの事を考えて真剣に私と向き合ってくれた。彼のおかげで私は自分の本当の気持ちに気付く事ができた」
チームメンバー全員が彼女の言葉を一切聞き逃すまいと、静寂を保つ。
その姿は紛れもなくカリスマだった。
「私はセンターで踊りたい。誰かに言われたからではなく、自分の意思で。ただ純粋に踊りたい」
彼女はやっと本当の気持ちを教えてくれた。
富山達の傀儡としてではなく、自分自身の意思で踊りたい。
それはリエさんからの富山達への決別のように聞こえた。
富山達はどんな表情をしているだろうか。
確認したかったが、リエさんから目が離せない。
「タロくんが決めてくれるなら、私は納得できる」
彼女はニコリと笑った。
春に咲く、妖艶な花のように純粋に美しかった。
今度はマーヤが口を開いた。
「決めるのがタロなら。私も文句ありません」
マーヤがまっすぐ僕を見つめる。
ここ最近はセンター争いで余裕がない様子だったが、今の彼女は僕の好きなマーヤだ。
その表情はとても晴れやかだ。
貴島さんが言葉をつなぐ。
「私たちスタッフも彼女達の意見を尊重します。多数決じゃなくてタロさんが決める。それで恨みっこなしでお願いします」
青木さんが最後をまとめた。
「さぁ、タロさん。どっちがセンターか発表してください」
佐伯さんの迫力に圧され無言を貫いていた富山が、絞り出すように再び声をあげた。
「他のメンバーが納得しないだろう。こいつだけの一存でそんな大切な事を決められるなんて、たまったもんじゃない」
再び、富山軍団が騒ぎ始めた。
チームのイニシアチブを手放すわけにはいかない。
そんな悲壮な焦りが滲みでているようだった。
「じゃあ多数決で決めましょうか!」
突然大きな声があがり、全員の視線が一斉に声の主に集まった。
視線の先には町村夫妻がいた。
「タロが決めるのに賛成か反対か。多数決で決めましょう」
途端に富山がニヤリと口角をあげた。
「そうだな。まずはその多数決を取ろうじゃないか」
おそらくこれまでにチームメンバーの大半に圧力をかけてきたのだろう。
多数決に持ち込めば、必ず自分が有利な立場になる。
そう確信しているかのような卑猥な笑顔だった。
町村さんにより、すぐに多数決が始まった。
「では、タロが決める事に反対の人」
富山さんとリエさんを除く富山軍団が手を挙げた。
「8人」
他のメンバーの手は一切挙がらなかった。
それまで下品に笑っていた富山の顔色が一瞬で真っ赤になった。
「賛成の人」
彼らを除く、全員が一斉に手を挙げた。
「なんでだ!おい、なんでそっちに手を挙げるんだ!」
富山が近くにいた仁と看護師コンビに罵声を浴びせる。
先程までの余裕は微塵もない。
「タロ君は私達の話をちゃんと聞いてくれましたもん」
看護師コンビがこともなげに答えた。皆、口々にその言葉に賛同していく。
「あんな偉そうに命令されてもね。私たちはアンタの部下でもなんでもないんだよ」
真っ赤に染まっていた富山の顔色は、みるみる青く変わっていった。
最早この男に賛同する者は誰一人いなくなっていた。
「決まりましたね」
町村さんに替わって、リエさんが多数決を総括した。
「タロ、決めて」
全員の視線が僕に集中した。チーム内では断トツで下手くそな自分に。
富山さんの目は血走っている。なぜか哀れな男だと思った。
リエさんと貴島さんは少し心配そうだ。
青木さんは表情を一切変えない。
そして、なぜかマーヤが優しく微笑んでいた。
センターは
そこまで言って声が詰まる。
緊張で心臓が口から飛び出しそうだ。
僕の様子に気づいたのか、サムエルが軽く背中を叩いてくれた。
もう一度、マーヤを見る。
彼女は微笑んだまま、小さく頷いた。
僕の心はもう決まっていた。
息を大きく吸って、一息にセンターを発表した。
「センターはリエさんです」
もう誰も言葉を発しなかった。
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