第21話 センター争い⑥

「申し訳ないけど、リエさん。あなたの言っている話の意味が僕には全くわからない。」


僕は強い口調でそう告げた。

リエさんと貴島さんが固まったような表情で僕を見る。

「話の辻褄があわない。なんでセンターで踊ることが富山の言いなりになる事になるんですか」

なぜだか僕は無性に腹がたった。

富山に。そして自分の本当の気持ちを富山のせいにしている目の前のリエさんに。


「あなたの話は、自分に酔ってるだけにしか聞こえない。罪悪感ってスパイスを効かせて悲劇のヒロインを気取ってるだけだ」


リエさんの気持ちも本当はわかる。

きっと彼女も居場所が欲しかったんだ。思い切り踊れるステージが。

それを守るために富山の傀儡となり、彼女もマリオネットを演じた。

どこか集団のど真ん中で踊る自分に恍惚しながら。

皆の中心で踊る。

それは本当に富山の意向だからなのだろうか。

彼女自身、本当は誰よりも注目を浴びたいという気持ちがあるのではないのか。


「はっきり言って自己満足の世界だ。本当に申し訳ないと思うなら、あなたもジムを辞めているはずだ。」

「タロさん、言いすぎです!」

貴島さんが声を荒げる。

「センターで踊りたい。それは富山の命令でもなければ贖罪でもない。あなた自身の気持ちじゃないんですか?」


承認欲求。

それは誰しもが持つ本能的な欲望だ。

人は誰かに認められたい。羨ましがられる存在でいたい。

皆、そんな欲望から逃れられることはできない。

富山もそうだ。

人から見れば、親の金で遊んで暮らしている無職のプー太郎。

そんな自分を少しでも誰かに認めてもらうために平気で嘘をつく。

ころころ変わる自称経歴がその証拠だ。

リエさん達もそんな富山を理解して気づかないふりをしている。

自分達も同じように仮初めの自分を演じながら。

そうして偽りの関係性ができあがる。

その歪みが大きくなれば、外の側にいる人間にも大きな軋轢が及ぶ。

その結果が去年のチーム鳴神だ。

このままこの人をセンターで踊らせるわけにはいかない。

このままの彼女を踊らせれば、去年と同じ事が必ず起きる。

次に居場所を奪われるのは僕やマーヤ達かも知れない。


「あなた方のつまらないごっこ遊びに、他人を巻き込まないでください」

リエさんが呆気に取られたような表情でこちらを見つめている。

僕はテーブルに一万円札を叩きつけて店を出た。


夜風はとても冷たかった。

僕はなにかに追いつかれないように精一杯の速足で家路を急いだ。


翌日、貴島さんからラインが届いた。

その内容は

「お話があります」

だった。


ジムに行く前に駅前のカフェで彼女と待ち合わせした。

貴島さんは休日だったらしく私服で現れた。

まだ少し肌寒い5月。薄手のカーディガンを羽織る彼女はとても美しかった。

「昨日はごめん。なんか怒っちゃって」

貴島さんは不満そうに眉を潜めた。

「ほんとですよ。勝手に帰っちゃうし。これ、昨日のおつりです」

彼女はかばんからピンク色のポチ袋を取り出した。

中身は昨日のおつりなんだろう。

「いいよ。なんか受け取るの恥ずかしい」

貴島さんは絶対だめ!と言わんばかりに両腕で×印を作った。

「だめ。割り勘なんです。リエさんに怒られるから受け取ってください」

リエさん。

昨日あんな啖呵を切ってしまった手前、どんな顔をして会えばいいかわからない。

「あと、リエさんから伝言です」

貴島さんが顎に手をあててしなをつくった。

「女の痛い所つくのがうまいね。ちょっとぐっときたかも。だそうです」

意味が分からない。

「私もあんまりわかりません」

僕たちはひとしきり声をあげて笑った。

笑うと涙がでるタイプらしい貴島さんが目を抑えながらポツリと言った。

「でも、私もちょっといいなって思いました」

その言葉の意味を問いただしてみたけれど彼女は答えをはぐらかして、結局それ以上なにもわからなかった。


数日後。

ついにセンター発表の日がやってきた。

あなたにこのままセンターを踊らせられない。

10歳以上年上のリエさんに大見得を切った僕であったが、結局マーヤ達といつも通り過ごすだけで、結局これといった行動は起こせなかった。

発表に向けて、スタッフルームでは青木さん達4人が最終協議を行っている。

貴島さん、マーヤ、リエさんがどんな結論を出すのか。

僕とサムエルは黙って待つことしか出来なかった。

サムエルが不安そうな声をだす。

「だいじょうぶかな」

「大丈夫。マーヤならきっと」

僕とサムエルはスタッフルームの中にいる大切な仲間に心の中でエールを送った。


定刻がきて、チーム鳴神全員がスタジオに集められた。

その表情は、メンバー全員ひきこもごも。

木澤さんは楽しそうだが、富山さん達はなにやら真剣な顔で話こんでいる。

仁と町村夫妻は愛想笑いを浮かべており、佐伯さんはむっつりと口を結んでいた。


今日でいよいよセンターが決まるんだな。

ぼんやりと考えていると協議を終えた四人がスタジオに現れた。

四人は全員一列に並んでこちらと対面した。


「どうなったんだ」

富山さんが大きな声をあげる。

恐らく発表するのは監督の青木さんだろうが、青木さんはなかなか話始める気配を見せない。

「決まらなかったとか?」

富山軍団の一人が言葉を投げ掛けた。

「なら、もう多数決だ。それで決めよう」

返事を待たずに富山さんが多数決を提案した。

もう少し、お利口に待てないのか。

青木さんは富山さんたちの言葉を手のひらで制止して、咳払いをした。


「えー、センターですが、四人で協議を重ねた結果」

青木さんの言葉が途切れる。

まるで、本当にこれでいいのかと逡巡しているように。

やや間があって、意を決したように青木さんが発表した。


「タロさんに決めてもらうことになりました」


スタジオ内にチーム鳴神結成以来最大の悲鳴があがった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る