第19話 センター争い④

 仁は少し変わった男だった。

僕と貴島さんが声をかけると、彼はなにも言わずにニヤリと笑った。

「話をするのは初めてだよね。僕はタロ。チーム鳴神の事で話を聞いてもいいかな?」

事前情報で僕と仁は同い年だという事はわかっていた。

親しみを持ってもらえばと考え、僕は敬語を省略した。

仁はニヤけた表情を崩さないまま口を開きだした。

「マーヤじゃなくて、貴島さんとそういう関係だったんだ。そうかそうか」

質問の答えにはなっていないが、僕は話を進める。

「仁君は去年も参加してたんだよね。その時の話を教えてほしいんだ」

どうしても回りくどい言い方になってしまう。

僕達はただリエさんがそこまでセンターに拘る理由を知りたいだけなのだ。

「別に。気まぐれだよ。去年も確かに嫌な雰囲気だったけど、俺は満足してたんだ」

嫌な雰囲気だったのに満足していた。

彼の意見に少し矛盾を感じた。

「嫌な雰囲気だったのに満足できたの?」

「タロ君。なんでも自分の物差しで考えたら良くないよ。どうしても居場所が欲しいって気持ちは誰にでもあるんだ。誰にだってそこにいる理由がある」


居場所。


話の脈絡は全く理解できなかったが居場所という言葉に引っかかりを感じた。

「どうせマーヤをセンターに推せっていう勧誘でしょ。富山さん達とやってる事は同じだね」

「富山さん達?」

「この前からしつこくリエさんを推せって言ってくるよ。彼らに逆らったらチームにいづらくなる。あんまり余計な事はしないでほしいな」


仁の言葉に先ほど富山さんと話し込む佐伯さんの姿がフラッシュバックする。

彼らは今年も圧制を強いようとしている。

背筋に冷たい感覚が走った。

「貴島さん、あんまり一人の会員と仲良くするとやっかまれるよ。男性ファンも多いんだから」

それだけ言うと仁はどこかに去っていった。


仁の他にも、僕と貴島さんはチームメンバーを見かける度に、現在のチーム活動について何か悩みを抱えていないか聞いてまわった。

皆それぞれチームについて持っている不満や印象は違うかったが、やはり富山軍団による無言のプレッシャーについて窮屈な思いをしているようだった。

看護師二人組に至っては、僕たちが話を聞きにくるまで真剣に脱退を検討していたらしい。

僕達がなんとかするから、と説得するとなんとかチーム残留を決意してくれた。


「多数決になったら、きっと今年のセンターもリエさんですね」

貴島さんがぽつりと呟く。

「別にそれ自体はいいと思うんですけど、マーヤは納得しますかね。それに去年からのメンバーは今年も嫌な思いをするだけかも。タロさん達初参加の人達も」


彼女の不安はもっともだ。

このまま数の理論でセンターが決定すると、去年と同じ惨劇が繰り返されかねない。

決まるにしても全員が納得する形で。

誰もが楽しめる形で本番を迎えたい。

余計なお世話かも知れないが、なんとかしたい。

僕は強くそう思った。

ジムの業務に戻る、との事だったので貴島さんとは一旦別れた。

僕も日課の筋トレを行うためにジムエリアに向かった。


いつものようにマーヤ達とジムエリアで体を鍛えている最中はチーム鳴神の事はすっかり忘れる事ができた。

根本的に僕は筋トレが好きなのだ。

いつもの4人、そして時々参加する佐伯さんとの関係も気に入っている。

もしかしたらチーム鳴神の事にこんなに躍起になっているのはそんな彼らとの関係を維持したからこそなのかも知れない。

「来週、センター決めるためのミーティングが開かれることになったよ」

インナーサイの休憩中にマーヤが教えてくれた。

「この感じでいったら多数決になりそうかな。そうなったら多分リエさんだろうな」

僕は彼女の気持ちを確かめてみた。

「マーヤはどうしてもセンターをやりたいの?」

サムエルも黙って話を聞いている。

「正直、どっちでもいい」

意外な返答だった。

僕はてっきりマーヤも強い意志で拘っているものだとばかり思っていた。

「でも、このままリエさんに決まったらなんとなく嫌な感じがして。富山軍団のいいなりになる、みたいな。そんなの絶対楽しくないじゃん」

去年のチーム鳴神の経緯をマーヤは知らない。

おそらく本能的にではあるが、問題の根源を察知しているのであろう。

「ちゃんと納得できたらリエさんでいい」

その言葉で自分が本当に遠回りをしていた事に気が付いた。

問題の本質から逃げていたんだ。

根本はリエさんがなぜセンターに拘るのか。

富山さん達はなぜそこまでリエさんをそこまで推薦するのか。

ではないのか。

もう時間がない。来週にはセンターが決まる。

僕はリエさんと話してみようと決意した。

休憩が終わり、インナーサイを行う。

内転筋に心地いい刺激が走る。インナーサイのあとはアウターサイだ。

脚のトレーニングはとにかくねちっこく。

再度休憩に入るといつの間にか隣に佐伯さんが立っていた。

「最近、貴島さんと色々やってるみたいだけど、なにやってんの?」

僕の背筋は完全に凍った。


佐伯さんは一匹オオカミ気質だ。

基本的に僕と少し会話するだけで、他の会員と一緒にいる場面を見たことがない。

ましてや富山さんとはお互い露骨に距離を取っていたはず。

そんな二人が話し込んでいた。

もしかしたら佐伯さんは既に富山さんに懐柔されているのかも知れない。

富山さんに頼まれてこちらの動きを探りに来たのだ。

警戒レベルは最高値まで達した。佐伯さんの目が鋭い。

「別になんでもないですよ。少しチーム鳴神の話をしてるだけです」

佐伯さんの眼光は緩まない。

「本当か?なにか別の話してるんじゃないのか?」

この迫力に嘘はつけない。

僕はマーヤに聞かれないように佐伯さんを連れ出し、ありのままをに打ち明けた。


僕が全てを話すと佐伯さんは意外にもすんなりと納得してくれた。

「そうか。タロも頑張ってるんだな。邪魔して悪かった」

佐伯さんはそう言うとそれ以上なにも言わずにどこかに歩いて行った。


リエさんと話をしようと思う。

僕がそう言うと貴島さんも一緒についていく、と賛成してくれた。

センター決定まで日にちがない。

ここが天王山になる。

僕と貴島さんは揃ってリエさんの所に向かった。



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