第18話 センター争い③

「この話をする時がきたか」

町村夫妻は神妙な面持ちだった。

「教えてください。去年のメンバー達はなんでジムを辞めちゃったんですか」

僕はこの問題の答えが現状を打破するなにかの足掛かりになると確信していた。

「言いにくい話だからラウンジいこうか」

町村夫妻に連れ出され、僕達はラウンジスペースに腰をおろした。

小声で夫婦が話始める。

「なにから話せばいいか。去年は新人さんだった貴島さんは知らないと思うんだけど、去年のチーム鳴神は今よりひどい状態だったんだ」

僕と貴島さんは固唾を飲んだ。

「理由は今と似たようなものかな。2つのグループのがあったんだよね」

2つのグループ。

今年に置き換えるとサーヤ派とリエさん派だ。

「1つはリエさんと富山さんのグループ、富山軍団。それともう1つはそれ以外の人たちって感じかな」

咄嗟に富山軍団の顔が浮かぶ。

「60人メンバーがいたんだけどね。殆どの人が思い出づくりっていうか、軽い気持ちで参加してたんだよね」

貴島さんは何度も強く頷いて聞いている。

話は続いた。

「チーム鳴神は2年前からイベントに参加してるんだけど、去年のチームにはその前の年から参加してるメンバーもいたんだよ」

それは今年も同じだ。

今年のチームも僕のような初参加はどちらかというと少数派だ。

「で、前の年から参加してたメンバーっていうのが富山さん達。木澤さんとか僕達は去年が初参加だったんだ」

話がよく見えない。

それがチームメンバー達の大量退会にどう繋がるのだろうか。

「富山さん達は急にチームを牛耳りだしたんだ。基本的に自分達の意見に従え、みたいな感じかな」

確かにあの富山という男ならやりかねない。

周りにいる富山軍団と呼ばれる女性達も彼に同調していたのだろう。


「さっきも言ったけど、初参加の人たちは殆どが思い出作りとか興味本位での参加だったんだよね。楽しいと思ってたイベントで急に偉そうにされるから、反発するメンバーももちろん出てきた」

僕達はジムに会費を払って利用している。

このよさこいチームだって、有志の集まりのはずだ。

そこで突然謎のヒエラルキーが構築される。

しかも自分達は理由もなく下層階級においやられる。

そんな理不尽に寛容でいられるはずがない。

「結局、富山さん達の圧政は続いてね。最悪の空気のまま本番を迎えた。で、結果は予選敗退」

「途中でチームを抜ける人とかはいなかったんですか?」

町村夫妻は少し顔を見合せる。

「掲示板があってね。裏サイトっていうのかな。そこに色々書かれるんだよ。ある事ない事。そこで標的にされたらジムに居づらくなる。だから皆途中でチーム抜ける、なんて目立つ行動は取れなかったんだ。」

なんという話だ。

掲示板に心当たりのある僕はやるせない怒りを感じていた。


「結局、誰も抜けられないまま本番まで練習してね。その間も富山さん達には偉そうにされて。正直、早くイベントが終わればいいのにって何度も思ったよ」

スタッフである貴島さんは今にも泣き出しそうだ。

「で、決定的だったのはイベントが終わった後だね。予選敗退は富山さん達の足を引っ張ったそれ以外のメンバーの責任だって言い出したんだ。」

ついに貴島さんが泣き出した。

「そうしてるうちに皆ジムに来たくなくなって、どんどん退会していった。あの時のメンバーでジムに残ってる人は本当に少しだけだよ」

自分達も含めてね、と奥さんの方が付け加えた。


「私、そんな事なにも知らなかった。そんな状況になってたなんて。ごめんなさい。本当にごめんなさい。」

貴島さんが涙声で何度も謝る。

しかし、彼女は当時新人研修中でチーム鳴神には全く関与していなかった。

彼女に責任の一端があるというのはいくらなんでも乱暴な話だろう。

話を終わらせようと僕は口を挟んだ。

「町村さん、教えてくれてありがとうございます。でも、なんでそんな事があったのに今年も参加しようと思ったんですか?」

町村夫妻は恥ずかしそうに苦笑した。

「僕らにはここしかないからね」


問題は自分が想像していたより、根深い。

僕と貴島さんは事態の早期解決を改めて決意した。


町村夫妻からの情報をマーヤ達にも共有しよう。

そう提案した僕の意見を貴島さんは強く制止した。

この話を共有してしまうと、マーヤは更に怒り狂いチームが空中分裂する畏れがある。

それは絶対に避けたい。

彼女の性格をよく知る僕にとっても充分考えられるシナリオだったので、貴島さんの意見に僕も賛同した。

しかし、事態は僕と貴島さんだけではもうどうしようもない所まで来ていたのも事実だった。


監督の青木さんにも相談しようか。

しかし、以前より監督を務めている彼女が内情を把握していない可能性は極めて低い。

全てを知ったうえで今年のイベント参加に舵を切っていると考えた方が妥当だ。

そうなると、頼れる人間はただ一人。

去年からの参加者の一人である木澤さんだ。

僕達は木澤さんにだけ、先程の情報の擦り合わせを行うことにした。


「そんなこともあったな。確かに去年も揉めとったわ」

木澤さんはあっさりと認めた。

「富山のおっさん、めっちゃ仕切りたがりやからな。色々わーわー言うて皆困ってたよ」

木澤さんはジム内でもトップクラスのトレーニーだ。

しかも、人望も厚い。さすがにそんな彼を富山さん達も邪険に扱うことが出来ず、木澤さん自体はあまり被害にはあっていなかったようだ。

「せっかくのイベント参加やねんから、楽しくやればえぇのにな。勝ち負けとかどうでもいいやん」

大いに一理ある。

「木澤さんはなんで今年も出ようと思ったんですか?」

「俺は楽しかったらそれでいいからな。去年楽しくなかっても今年は面白いかも知れんやん。だから参加したんよ」

木澤さんらしい考え方だ。

懐が広い。

「でも」

ちらっと木澤さんが遠くで立ちすくんでいる一人の男を見やった。

彼も去年からの参加者の一人で、仁と呼ばれる男だった。

ふくよかな体型が特徴的で、毎日1日中ジムにいると言われている男だ。

「去年から継続で参加してるのは僕だけじゃないからな。あいつもそう。他がどう思ってるかはさすがにわからんよ」

仁にも話を聞く必要がある。

彼とは会話をしたことはないが四の五の言っている暇はない。

話を聞こう。

僕と貴島さんは所在なさげに立っている仁に向かっていった。

途中で佐伯さんと話こんでいる富山さんと目があった。

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