第17話 センター争い②

「しばらくは順番にセンターを回して練習しましょう」

監督の青木さんが指示をだした。

本番はあと数か月後に迫っている。

僕達は決められた位置にそれぞれ移動した。

「別に誰でもいいのにな」

僕の隣に配置された佐伯さんがぼそりと呟いた。

僕も同じ意見だった。


練習後、僕とマーヤ、サムエル、木澤さんいつもの四人はラウンジに固まって話し込んでいた。

「あのおばさん、なんでセンター譲らないのかな」

マーヤが不満そうに悪態をつく。

おばさんとはもちろんリエさんの事だ。

「おばさんって年じゃないよリエさんは」

「あの人がセンターじゃ勝てないよ。センターにはソロパートもあるんだよ」

確かにマーヤの役割は重要だ。

観客はどうしても中心にいる人物に注目を集める。それにソロパートまであるのだから猶更だ。

「マーヤならかてる?」

サムエルが笑顔で問う。言い方に嫌味がないのがすごい。

「勝てる。間違いなく勝てる」

本気でそう思っているのだろう。彼女は自信ありげに断言した。


僕はマーヤが加入して以降感じていた疑問をぶつけた。

「なんでそんなに勝ちたいの?最初は誘っても参加しなかったのに」

彼女は申し訳なさそうに少しだけ困った顔をした。

「そういう性格なの。参加した以上絶対負けたくない。一番いい状態にしたい。それに・・・」

何かを言いかけて口を閉ざす。

「リエさんいい人やけどなぁ」

木澤さんが間の抜けた口調でぽつりと言った。



チーム鳴神には監督の青木さんを除いて、一人だけジムスタッフが参加している。

スタジオリーダーを目指す貴島さんだ。

彼女は体操で培った柔らかい体と、天性のリズム感を持っていた。

そしてなにより性格がいい。

彼女の人柄のよさはジム会員の中でも評判だった。

もちろんチーム鳴神でもそれは同様であり、貴島さんはチームのムードメーカーになっていた。

そんな彼女がセンター争いによるギスギスした空気を見逃すはずがない。

貴島さんはこの問題を解決するべく、センター候補の二人と積極的にコミュニケーションを取っていた。

しかし、解決の糸口すら見つけられない彼女は途方に暮れていた。


「貴島さん、大丈夫ですか」

練習会の休憩中、スタジオの隅で一人で物憂げに考え込む貴島さんに話しかけてみた。

「タロさん。大丈夫じゃないです」

「マーヤとリエさんだよね。どっちも頑固だから。そろそろマジで決めないといけないのに」

立場上言いにくい不満のはけ口がちょうどやってきたと思ったのか、貴島さんは饒舌に語り出した。

「本当にそうなんです。二人ともいつ聞いても譲らないばっかりで。しかもリエさんがセンターがいいって富山さん達にも変なプレッシャーかけられるし。青木さんはノータッチ。もうどうしたらいいか・・・」

それだけ言うと彼女はまた俯てしまった。

唇を噛みしめ、よく見るとその瞳は少し潤んでいるようにすら見える。

そんな顔を見て、謎の使命感が僕の胸に宿った。

「貴島さん、僕も手伝っていい?」

こうして僕達の戦いが始まった。


僕と貴島さんはまずマーヤとリエさんの言い分を整理してみた。

まずはマーヤ。

彼女はとにかくイベントで優秀な成績を残したいという想いが強かった。そのためには高い実力を持つ自分を前面に打ち出していく必要があると考えていた。


一方リエさんがあそこまでセンターに拘る理由がいまいち良くわからない。なぜ彼女はそこまで頑ななのか。もちろんプライドもあるだろうが、彼女のそれはどこかプライドの問題だけでは片づけられない堅固さがあった。


「まず、二人ともお互いに実力は自分の方が上だと思っている部分が基本にあるんですよね」

「確かに。自分じゃないとって考えが前に出すぎているのかもね」

「リエさんは特に頑なですね。梃子でも動かないっていうか。それに富山さん達からも推されてるし」

富山軍団は総勢8名。33人というチームメンバー数から考えると軽視できない人数だ。

「サーヤがセンターになったら一気に8人が抜けちゃう可能性もあるのか。」

「リエさんも富山さんのグループの一員だから9人ですね」

それは痛い。

3割近いメンバーの離脱は避けなければならない。


「マーヤさんはセンターじゃなくなったら抜けちゃうと思います?」

どうかな。

彼女の性格的に、抜ける事はないと思う。

しかしそのモチベーションの低下は必至だ。

やる気のない練習でチームのムードを悪くしかねない。

そしてその怒りの矛先は僕にも向けられそうだ。

個人的にはそれも避けたい。

「とにかくマーヤとリエさん、二人が納得する形じゃないとダメだよ。センター二人でやってもらうのはダメなのかな?」

貴島さんは呆れたような顔をする。

「そんなのとっくに提案して、却下されてるに決まってるじゃないですか」

なんとも拗らせた二人だ。

「リエさんがセンターに拘る理由がよくわからないな。ちなみにイベントのレベルってそんなに高いの?」

「地域の同好会の他にも大学のサークルとか、ダンス教室のチームが出場してくるんで低くはないと思います」

よさこいソーラン祭りをただのお祭りだとしか認識していなかった僕にはその辺りの知識が全くない。

「ちなみに去年のチーム鳴神はどうだったの?」

貴島さんは言いにくそうに教えてくれた。

「順位なし。予選落ちです」

予選落ち。去年のチームは今の人数の倍である60人が参加してたと聞いている。

60人もの人間が一斉に踊る様は相当迫力のあるものだっただろう。

そんな前年のチーム鳴神が予選落ちとは。

「もちろんリエさんや木澤さん、富山さん達も参加してたんですけどね。負けちゃったんです」

貴島さんはとても悲しそうだ、


そこまで聞いて僕に一つの疑問が生まれた。

「去年のチームメンバーはどこ行っちゃったの?」

貴島さんの顔色がさっと曇った。

「それは・・・」

「なんで今年は参加してないの?」

貴島さんは曇った顔色のまま申し訳なさそうに教えてくれた。

「辞めちゃったんです」

え?辞めた?

「イベントが終わった後、皆なぜかジムを退会してしまったんです。」

貴島さんは今にも泣きだしそうだ。

去年のチームに一体何が起こったのか。

それがわかればリエさんがセンターにあそこまで拘る理由がわかるかも知れない。

その理由をどうしても知りたくなった僕はジム内の情報通である町村夫妻に力を借りることにした。











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