第16話 センター争い①

 冷静に考えれば所詮は町おこしのための小さなイベントだ。

順位いかんでその後の人生が大きく変わることではないし、特別賞金などが手に入るわけでもない。

ましてや僕達は急造チーム。

全員がナルカミスポーツジムの会員であり、このイベントが終われば解散する。

チームメンバーは老若男女が混在し、ダンスのスキルもピンキリだ。

言ってしまえば記念参加。

そんな「チーム鳴神」でいい年した大人達がここまで熱くなる必要などどこにもないのではないか。

チームに加入していないジム会員からは白い目で見られてすらいる。

センターなど、誰がやってもいいんじゃないのか。

僕は心の奥にあるその懸念をぐっと押さえつけた。


結局マーヤの革命案は採択され、振り付けの見直しが行われることになった。

フォーメーション変更とセンターのソロダンスに関しても前向きに検討される予定になっている。

ただし肝心のセンター争いは未だ決着を見ていない。


監督である青木さんが振り付けの再考のためにメンバーからダンス経験者を募った。

名乗りをあげたのはリエさんとスタッフの貴島さん、そしてマーヤだった。

リエさんは元ダンサーであり、20代の頃は有名なアーティストのバックダンサーを勤めていた経歴の持ち主だ。

貴島さんは正確にはダンス経験者ではなく、元体操選手ではあったが、その立場上勉強も兼ねて振り付け再考に参画することになった。

そして、ショートカットの革命家マーヤ。


この時まで僕も知らなかったが、サーヤは大学卒業までチアリーディングにその青春の全てを捧げていた。

彼女の所属していた大学チアリーディング部は全国有数の強豪で、現役時代には全国優勝も成し遂げているらしい。


全く恐ろしい女だ。

普段はスタイルの維持とおしゃれへの探求、インスタへの投稿に余念のないマーヤが、実は元全国王者であったとは。

チアリーディングに関してはあまり詳しくないが、あの魔法のズンバ以来、彼女の実力に疑問の余地は1ミリもない。


マーヤは僕達が筋トレをしている間、青木さん達とスタッフルーム内で振り付けの打ち合わせに出向くことが多くなった。

センター争いでバチバチのはずのリエさんとマーヤが同席しているというのは少し不安ではあったが、そこはお互い大人同士。

分別は充分にわきまえているらしかった。


 マーヤ不在の間、僕とサムエル、木澤さんは熱心に筋トレに明け暮れていた。

時折佐伯さんも参加するようになり、なんとも男くさい合同トレーニングは日に日に熱を帯びていく。


佐伯さんはやはりとんでもない怪力の持ち主だった。

特に腕の力がとてつもなく強く、60キロのバーベルアームカールを披露された時には同じ人間であることを強く疑った。

僕個人としては90キロのベンチプレスに挑戦中だ。

数ヶ月前80キロを持ち上げた時から順調に重量が伸びている。

スミスマシンを使用したスクワットやデッドリフト

いわゆるBIG3の合計重量もまずまずの成長曲線を描いていた。


マーヤのチーム鳴神への加入以降、意外な展開があった。

富山さんがズンバ以外でも話かけてくるようになったのだ。

掲示板の件もあったので、僕は完全に彼を警戒していた。

「最近筋肉ついてきたな。背中が大きくなってきてる」

富山さんは身長は高いけど、ガリガリだ。

「はぁ、ありがとうございます」

あからさまに気のない返事をしたのに、富山さんは話続ける。

「筋トレって言うのはな」

5分ほど、富山さんによる筋トレ講座が始まった。

正直ちんぷんかんぷんな内容だった。


独自の筋肉理論をたっぷりと語ったあと、富山さんは突然話題を切り替えてきた。

「そういえば、マーヤなんだけどな」

なるほどこっちが本題か。

「ちょっと目立ち過ぎかな。あの若さなら仕方ないけど、自己中心的っていうか。ムードが悪くなる」

「若さ関係あります?」

僕はあんまり関係ないと思う。

「やっぱり去年からセンター踊ってたリエちゃん差し置いてっていうのがな。ふーみんも言ってたけどよくないかな。」

誰々も言ってたけど、という言い回しは嫌いだ。

それと、ふーみんって誰?

「だから君からちょっと言っとけ。今回は遠慮しろってな」

この富山という人間は年下には命令口調で話さないと蕁麻疹でも出る体質なんだろうか。

僕はかなり苛ついた。

「自分で言ってもらえます?それかどっかの掲示板にかいとくとか」

掲示板の話題を出すと急に目線を逸らす。

「あと、ふーみんって誰ですか?」

「ふーみん知らない?よさこいチームのふーみん」

知らない。

「俺の近くにいつも女がいるだろう。あの中の1人

富山さんはいつも数人の女性達と行動を共にしていた。

年齢層は初老の富山さんと大体同じくらい。

「勝手に富山軍団っていう会作られててな。困ってるんだよ」

ハハハと富山さんは笑った。

全然困ってなさそうだった。

「モテるんですね」

「50になってモテてもなぁ、仕方ないけどな」

富山さん50才だったのか。

思ったより若かったな。


富山軍団がどの程度の組織力を保有しているのかは不明だが、リエさんとマーヤのセンター争いが本人達だけの問題ではなくなってきているのは確かだ。

依然として決着を見ないセンター争い。

練習会の雰囲気は常にピリついたものになっていた。


渦中の二人ではあったが、振り付けの変更については滞りなく進んだようで、すぐに新しく生まれ変わった振り付けが発表された。

ソーラン節→ズンバ→ラインダンス

の流れはそのままだったが、それぞれ内容に変化があった。

特にラインダンスに関してはチアリーディングに近いものになっており、この辺りは元チアリーダーであるマーヤの意見が大きく取り入れられたのだろう。


そして、センターによるソロダンスもラインダンスパートの中に盛り込まれていた。

「難しくなってる!」

ハードルの高さを指摘する声もあったが振り付けの変更は無事に受け入れられた。

新しくなった振り付けに応じてフォーメーションも変化する。

僕は一番後ろの右端。

誰よりも一番目立たないポジションを任されることになっていた。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る