第15話 謎の男と革命女

 初めてその男と会話した場所は、ジムのサウナだった。

広い背中と鋭い眼光。まだらな金髪。そしてなにより異常に太い上腕が彼の特徴だった。

名前を「佐伯さん」という。

どこか人を寄せ付けないオーラを纏うこの男は、ジム内で非常に目立つ存在である。そして彼はいつも決まって貴島さんのボクササイズに参加していた。

誰と会話せず、一切の笑顔を見せない。

ボクササイズの時間になるとふらっと姿を見せ、プログラムが終了すると忽然と姿を消す。そんな謎の多い男だった。

目立つのはその風貌だけではない。

スタジオ内でもその存在感は絶大だ。

エクササイズの域を遙かに超えた全力パンチ。彼の拳は大気を切り裂き、そのフットワークは地鳴りを起こした。

まるで羊の群れの中に一匹だけ紛れ込んでしまった大型肉食動物。

それが佐伯さんという男だった。

ある夜天変地異が起こった。

ナルカミよさこいチームの練習会に、突然この男が姿を現した。

年齢不詳、経歴不明。

一体どういう目的で彼がチーム入りを決意したのか。

それは誰にもわからない、「チーム鳴神」最大のミステリーとなっている。

らしい。


らしい、というのは僕はそんな経緯を全く知らなかったのだ。

正確には毎日のハードワークでそれどころではなかった。

木澤さんとの高負荷トレーニングに加え、サーヤにはダンスの特訓まで命じられていた。

僕の安らぎはサムエルとの他愛のない雑談の時間のみであり、他の事に興味を持つゆとりなど微塵もない。

僕の関心は筋肥大とダンス技術の向上、この2点のみに絞られていた。

筋肥大に並々ならぬ情熱を持つ僕が、件の佐伯さんの異常に発達した上腕に注目し

その太さの秘訣をご教授願いたいと考えたのはごく自然な流れであった。


そんなある夜、ジムのサウナで隣り合わせた佐伯さんに、僕は思わず声を掛けた。

「腕、なんでそんなに太いんですか?」

猛獣と恐れられるこの男に突然話しかけるので、同席していたサムエルはかなり慌てたらしい。

佐伯さんは何も答えてくれかなかった。

重い沈黙がサウナ内を支配した。

「どんなトレーニングしてるんですか?」

僕は追い打ちをかけた。その腕回りの秘密をどうしても暴きたかったのだ。

「生まれつき」

佐伯さんがぼそっと答えた。

「腕は太い」

そんなはずはない、僕は再度追及した。

何度かその会話のラリーが続いた。二人ともサウナで汗だくになった。

その日から僕と佐伯さんは少しずつ会話していくようになった。


チーム最大のミステリー「佐伯」と僕が自然と会話しているので、チーム鳴神は少しざわついていた。

佐伯さんはシャイで口数は少ないが、礼儀正しくとても優しい人だった。

チームのざわつきにはもうひとつ原因があった。

むしろこちらの方が深刻で、僕と佐伯さんの邂逅などほんの小さなさざ波でしかない。


問題の中心はマーヤだった。

彼女はチームに加入するなりその実力を如何なく発揮し、チームの中心となっていた。

そんな彼女は異常な負けず嫌いな一面を持っており今回のイベントに順位が付くと聞くと一気に奮起した。


このままでは勝てない!

そう彼女が提言したのが3日前。マーヤ加入初日の出来事だった。

彼女は予定されている振付とフォーメーション、僕達の練習をひとしきり観察するとチーム鳴神の問題点を3つ指摘した。


① 振付がかっこよくない

② フォーメーションがおかしい

③ 意外性がない


新加入でありながら大胆に意見するマーヤに内心慌てたが、彼女のメンタルは鋼のように強く、その意思は鉄のように硬かった。

監督である青木さんもそんな彼女の熱意に感銘を受け、チーム改革に前向きな姿勢を見せていた。

普段は税理士事務所で勤務するマーヤ。

海千山千の経営者たちと渡り歩いてきたその胆力と決断力が惜しげもなく解放される。

彼女はエースダンサーであり、優秀なマネージャーだった。

マーヤは問題点を提示するだけではなく、その解決案も提案した。


① 振付がかっこよくない については監督とダンス経験者で再度内容の検討


② フォーメーションがおかしい に関してはセンターを中心に左側と右側で大きな身長差がでないように調整


③ 意外性がない に関してはセンターによるソロダンスの導入


それぞれ提案した。

実に堂々とした振舞だった。

僕はなぜかそんなサーヤを誇らしく思った。


新加入メンバーにより始まった突然の革命運動に、既存のメンバー達の反応は様々だった。

なるほどと納得する者、納得いかないと憤慨する者、ただただ戸惑う者。

特に富山さんとその取り巻きマダム達は口々に不満をぶつけている。

練習場となっているスタジオエリアは混沌としていた。


「あの」


ひと際大きい声がスタジオに響いた。

騒がしかったスタジオエリアが急に静まりかえった。

全員が声の主に視線を集める。

声の主はセンターのリエさんだった。


「振付と意外性に関しては同感なんだけど、1つだけはっきりさせてほしいの」

リエさんとマーヤの視線が合う。

「センターは私ってことでいいんだよね?」

スタジオエリア内の空気は完全に凍り付いた。


静寂を打ち破るように富山さんのヤジが飛ぶ。

「それはそうだろう。このチームのセンターはリエちゃん以外ありえない!」

富山さんに続いて取り巻きさん達がやんややんやと同調する。

また騒がしくなってきた。

再び混沌とするスタジオエリア内を今度はマーヤが制圧した。


「誰が決めたんですか?それ」

リエさんも怯まず応戦する。

「去年も一昨年もそうだったし、今年もそのつもりで練習してたから。それに私以外にセンター務まる人いる?」

その時、マーヤの瞳が鈍く光るのを僕は感じた。


「私がやります」

彼女はやる気だ。

絶対的センターであるリエさんから、その玉座を奪い取るつもりだ。


誰も口を挟める人間はいなかった。

絶対的センターと革命家。

古参メンバーと新参者。

ついでにロングヘアとショートカット。

奇しくも真逆のイデオロギーを持つ二人のセンター争いが始まった。



































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