第14話 魔法
突然スタジオに現れたマーヤが一直線にこちらに向かって歩いてくる。
「あの子はスタジオには入らない」
それはある種このジムでは常識的なものとして認識されていた。
やたら目立つけど、筋トレと自撮りばかりでスタジオには絶対入らない金髪の女の子。
それがナルカミスポーツジムでのマーヤだ。
その彼女が突然スタジオに現れた。
しかも上級プログラム「ズンバ」に。
マーヤは無言で僕の隣で立ち止まった。
あの子がズンバに参加する。
その非日常的な光景を、スタジオ内の大多数の人間が息を潜めて注目していた。
青木さんがやってくる。
休憩時間は終わりだ。再開の合図と共に再びズンバが始まる。
すぅっと息を吸う音が聞こえ、マーヤが踊りだした。
僕は一瞬何が起きたのか理解できなかった。突然隣で竜巻でも発生したのかとすら思った。
青木さんの動きを完璧にトレースしている。
しかもその動きのキレはこれまで観た誰よりも鋭い。
それほどマーヤのズンバは常軌を逸していた。
彼女のダンスは荒々しく、それでいて繊細。
そしてにじみ出るような色気があった。
靴底にバネでも仕込んであるかのような高いジャンプ。凄まじいスピード。しなやかに伸びる指先。全てが異次元だった。
このスタジオの誰よりも彼女は輝いていた。
よさこいチームの絶対的エースであるリエさんよりも。
スタジオ中の全ての人間が彼女から目が離せない。
マーヤのズンバは僕達の心を激しく魅了する。
「魔法」
僕の脳裏に浮かんだ言葉はこの二文字だった。
青木さんが手を一度叩いて大きく広げる。
各自、自由に踊るフリータイムの合図だ。
それをきっかけにマーヤが更にスピードをあげた。
もはや何が行われているのか理解できない。
まるで本当に魔法のようにこのスタジオを支配していく。
彼女の整えられたショートカットが美しくたなびく。
一瞬だけ視線があった。
マーヤが少し笑ったような気がした。
青木さんが休憩の合図を行い、音楽が止まった。
彼女の動きもピタリと止まる。
サムエルが堪えきれず声を発した。
「マーヤすごい」
その瞬間、全員がこのショートカットの魔法使いに万雷の拍手を送った。
魔女は意外にも無表情だった。
周りにも聞こえるような声量でマーヤが話かけてきた。
「私が踊れないって誰が言ったの?」
「サーヤが踊れないなんて誰も言ってないって」
彼女は満足そうに笑顔を見せる。
「私、めっちゃ踊れますから」
どう反応していいのかわからない。
こんなすごいズンバを見たのは初めてだった。
マーヤの喋りはまだまだ終わらない。
「っていうか、後ろどんくさくない?ラジオ体操やってんのかと思ったわ」
完璧に富山さん達には聞こえてるだろう。
慌てて後ろを振り返ると、富山さん達が必死に聞こえてないフリをしていた。
「決めた。私もよさこいチーム参加する。」
ぴくっとスタジオ内にいるチームメンバー達が反応した。
リエさんだけが無反応だったのが僕にはものすごく不気味だった。
プログラムが終わってからサムエルはずっと興奮しっぱなしだった。
彼はとても嬉しそうだった。
木澤さんもそんなサムエルを見て笑っている。
僕も嬉しかった。
先ほどまで感じていた悲しさや憤りなど、全て彼女が払しょくしてくれた。
マーヤのインパクト満載のスタジオ初参加と、よさこいチーム加入宣言がこの人にとっても嬉しかったのだろう。
ジムリーダーの青木さんが駆け足でこちらにやってきた。
「参加ありがとうございました!マーヤさん、滅茶苦茶ヤバいじゃないですか!」
ジムリーダーに褒められるとさすがに少し照れるのか、マーヤの顔が少しだけ赤くなった。
「そんなことないです。ついていくのがやっとでした」
「しかもよさこいチームにまで入ってくれて。これで大幅戦力アップですよ」
確かにマーヤの加入はかなりの補強になるだろう。
ただでさえ例年より参加者が少ないと言われている我がチームにおいて、個人の能力が異常に高い彼女の存在は大きなものになるに違いない。
「足を引っ張らないようにがんばります。よろしくお願いします」
青木さんは満足そうに何度も頷いた。
そして会話の終わりにさらっと僕達が一番聞きたかった事を聞いてくれた。
「最後に教えて。なんで急にスタジオに?」
マーヤは少し悩んでからつぶやくように教えてくれた。
「お前ら調子に乗るなよって思ったからです」
青木さんがぱちくりとまばたきを繰り返した。
マーヤの加入で僕達のチームは33名になった。
この時点で募集は終了。
協議の結果、今年のチーム名は「チーム鳴神」と命名されることが決定した。
実は毎年同じ名前らしい。
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