第13話 ナルカミスポーツジムの闇

 町村夫妻と会話した翌日。

僕はマーヤに誘われて映画館に来ていた。

彼女の大好きなB級映画を鑑賞することになっている。

ちなみに映画のタイトルは「山吹」。

一体なんの映画か全く想像できないが、タイトル的にきっとさぞかし美しいストーリーなのだろう。

主演の女の子は無名だが将来有望らしい。

僕とマーヤは横並びで座席に座った。

女性と映画館に来るなんて、本当に久しぶりだ。

映画が始まるまでの待ち時間。僕は彼女に昨夜の町村夫婦との一連について話してみた。


―なんか僕、ストロングスタイルって呼ばれてるらしい

「燃える闘魂じゃん。赤いマフラー持ってる?」

―マーヤに隠れファンいるみたいだよ

「キッモ。隠れってなによ。ちゃんと出て来なさいよ」

―しかも僕らが付き合ってる説もあるんだって

「私とタロが?サムエルとタロじゃなくて?」

―僕達はストレートだよ

マーヤはクスクスと笑った。

もっと他に話したいことがあったが映画が始まった。

期待の「山吹」はまさかのゾンビ映画だった。


映画が終わり、僕達は近くの喫茶店で仲良くコーヒーを飲んでいた。

その喫茶店は全く流行っておらず、客は僕達以外は誰もいなかった。


「幼馴染がゾンビである事を隠してバイトしてる辺りが監督の変態性を主張してたよね」

マーヤがぼんやりと感想を述べる。

「すごくモラトリアムな観点で考えると面白い映画だったと思うよ」

僕も適当に相槌を打つ。

正直つまらない映画だった。

必然的に僕達の話題は「山吹」からナルカミスポーツジムに移る。

僕は先ほどは話せなかった例の掲示板のことを話題にだした。

意外にもマーヤはその掲示板の存在を知っていた。

ここでいう掲示板とはネット上の匿名掲示板のことだ。

存在は知っているが、どうせくだらない内容しか書いてないだろうからチェックはしていないらしい。


話のタネにマーヤが掲示板にアクセスする。

ナルカミスポーツジムの掲示板はそこそこ盛り上がっているらしかった。

内容はスタッフの悪口や、会員同士の不倫の噂、嫌いな利用者へのヘイトなど、確かにくだらない物ばっかりだ。


「私、匿名で悪口書いてる奴って気持ち悪いんだよね」

マーヤの意見に僕も賛成だった。

匿名性は極めて危険だ。時に人を暴力的に変える。

自分が特定されることはない。その無責任が誰かを深く傷つける可能性がある。

「私達のことも書かれてる。チビと自意識過剰女のカップルだって」

確かに僕は身長が高い方ではない。

「サムエルとか木澤さんの事は書かれてないね。やっぱりデカいから皆怖いのかな」

突然マーヤに対して申し訳ない気持ちになった。

「変な噂になっちゃってごめん」

「別に。こんな事書いてる奴らよりはタロの方が全然マシだし。関係ないよ」

マーヤは表情を変えない。

僕はすっかり冷めてしまったコーヒーに口をつけた。

しばらくしてから携帯を見るマーヤの表情が一瞬凍った。


「どうしたの?なんか他にもあった?」

マーヤはすぐに表情を取り戻し、携帯をカバンにしまった。

「ううん。変な広告がでてきただけ。コーヒー飲も」

彼女のカップはとっくに空になっている。

「その掲示板ってどうやって見るの?」

「別に見なくていいよ」

マーヤはそれ以上なにも言わなかった。


彼女と別れた後、やっぱり僕は気になって自宅のパソコンで例の掲示板を探した。

ナルカミスポーツクラブ 掲示板 で検索をかける。

するとすぐに当該サイトがヒットした。

ナルカミスポーツクラブ㉟と題されたスレッドを発見する。

スレッドを開いてみると先ほどマーヤが言っていた内容の書き込みがしっかりと書かれていた。

なるほど確かに気持ち悪い。

書き込まれているのは、基本的に誰かの悪口か、ジムへの不満ばかり。

ポジティブな言葉はかなり少ない印象を受けた。

あまり読む価値はなさそうなので適当に書き込みをスクロールしていく。

すると気になる書き込みが目に留まった。

そこにはこう書かれていた。


SS今日もどんくさい


見てる分には面白いから次回も期待


ナルシス女に見捨てられますように


彼女スタジオ入らんの?やっぱり彼女もへたくそ?


動きカクカクしてる。一人だけロボットダンスかよ


SSいつ辞めるか賭けません?なんなら辞めさせません?w


他にも同じような内容が書き込まれていた。

掲示板ではSSと呼ばれる人物が集中的にヘイトの的にされていた。


鈍い僕でもさすがにわかる。


SS=StrongStyle。


槍玉にあげられているのは間違いなく僕だ。


マーヤは優しい。

きっと彼女もこの書き込みを発見し、敢えて話題を終わらせてくれたんだろう。

見なくていいとまで言って。

こんな風に他人の悪意に晒されるのは初めてだった。

間接的にではあるが、僕の中の嫌な記憶が嫌でも蘇る。

野球場。土の匂い。空高く打ちあがった白球。

そして親友のごめんな、と言葉。

気持ちの整理が難しくなる前に僕はさっさとパソコンの電源を落とした。


翌日、いつものように僕はジムに向かった。

掲示板の内容など、まるでなにも知らなかったようにに振舞いながら。

今日はズンバがある。

きっと今夜も掲示板ではSSが誰かの刃物に切りつけられるのだろうが、気づかなければ心に傷は負わない。

そんな事でうずくまる程、僕はもう子供ではなかった。


おそらく書き込んでいるのはズンバに参加している誰かだ。

その中でもよさこいメンバーは仲が良いのでおそらく違うと思う。

それ以外の参加者がその刃物を持っているに違いない。

でもその刃は僕には届かない。僕は二度とあの掲示板を開くつもりはない。

気づかなければ、なんてこともない。


この日も例によって富山さんが最前列で参加するように促してきた。

弱気になってはいけない。

僕は最前列に陣取り、ズンバを踊った。

夢中で体を動かすうちに頭の中がクリアになっていった。

目の前の鏡越しに今まで見えてなかったものが見えてくる。

カクカクした動きでステップを刻む自分。

その隣で苦しそうに体を動かしている親友のサムエル。

そして、真後ろからニヤニヤとこちらを観察する富山さんとその取り巻き達。

なぜだか少し嫌な予感がした。


青木さんの合図でプログラムは休憩時間に入った。

5分の休憩。

熱中症や心臓発作などのリスクを抑えるための配慮だ。

僕も体をかがめ荒い呼吸を必死で整えていた。

鏡越しに感じた嫌な予感は今も消えない。


視界の外から、今は聞きたくない声が聞こえてきた。

「今日もいいじゃん!どんどん行こう!」

目線をあげると富山さんの顔がそこにあった。

その口角は歪にゆがんでいる。


僕はじんわりと背中に汗が吹き出すのを感じた。

再び顔を伏せると富山さんは無言で取り巻きの所に帰っていった。


こっそりとその姿に視線を送った。

富山さんが歩きながらカクカクとロボットのような動きを見せておどけていた。

耳を澄ますと

「ガソリン切れ」

と言っているのも聞こえる。

富山さん達は手を叩きながら笑っていた。


僕は確信した。こいつだ。

親切に応援してくれる優しいおじさん。

それが僕の富山さんのイメージだった。

しかし、僕は勘違いしていたようだ。

彼の親切は僕を笑い者にするための燃料でしかない。

僕はまんまと彼らに笑いの種を提供していたんだ。

無知で愚鈍なSSとして。


「富山さんには気をつけて」

町村夫妻の言葉が頭の奥でリフレインする。

僕は心の底から憤りを感じた。

でもそれ以上に悲しくなった。

なんでこんな事を。ナルカミスポーツジムは僕の居場所だと思っていたのに。

逃げよう。

もうここにはいられない。


叫びだしたくなるような衝動を必死で抑えながらノロノロと立ち上がった。

出口に向かって体を向ける。


その瞬間、扉を開けてスタジオに入ってくるマーヤの姿が見えた。

彼女のトレードマークである山吹色のショートカットが揺れる。

その瞳はまっすぐに僕を見つめていた。















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