第12話 ストロングスタイル
ズンバデビューを飾ってから僕のスケジュールは苛烈を極めた。
筋トレ、スタジオ、よさこいと夜のほぼ全ての時間をジムで過ごすようになっていた。
私生活もなぜか充実していた。
マーヤ達とジム以外の時間を共にする事も多くなっていた。
特にサムエルは同じ独身男性ということもあり、ジムが閉館した後にレンタルDVD屋に向かい、アダルトなDVDを2人で物色しにいく程の仲になっていた。
サムエルはイケメンだ。
しかも高学歴で、ビジネス面では大きな成功を収めている。
なんと彼はここ日本で会社を経営していた。
なんの会社かは医薬品メーカー勤めの僕には畑が違いすぎてよくわからなかったが、そんな彼がDVDパッケージを見ながら初心な反応を示すのがとても面白かった。
木澤さんはまさかの愛妻家だった。
普段は飄々とした立ち振る舞いの彼だったが、奥さんをとても愛しているらしく、自由にさせてくれる事に対して大きな感謝をしているとのことだった。
ちなみに大酒飲み。
一度皆で居酒屋に行った時に披露した彼の酒豪ぶりは目を見張るものがあった。
マーヤはとにかくアンテナが高い。
流行や美容に対するセンサーは非常に鋭敏で、彼女に答えられない質問などないかのように博識だった。
自慢のショートヘアはいつもキレイに整えられており、その肌は陶器のように白かった。
B級映画に並々ならぬ情熱を持っているらしい。
僕は僕で彼らにできる限りの自己開示を行っていた。
どのような印象を持たれているかわからないが、好意的に感じてくれていると思いたい。
僕がよさこいメンバーに加入して2週間が過ぎた。
結成当初からメンバーは依然として増えておらず、スタッフの間では去年よりも人数が集まらない事に対する焦りが生じてきているらしかった。
メンバー募集終了まであと2週間。
スタッフ達は事あるごとにメンバー募集を訴え続けていた。
そんな中でも練習は続く。
僕はズンバプログラムにも毎回参加していた。
富山さんは毎回僕を最前列に誘う。
そした後方から僕に指示を出し続ける。
マーヤからは前に行くなと忠告されたが、下手だからこそ前に行く。
これは向上心だと自分に言い聞かせ、僕は最前列で踊り続けた。
ズンバの度にマーヤの機嫌は悪くなっていたが、関係ない。
自意識過剰なのかも知れないが、僕が前で踊るのを楽しみにしてくれている人さえいると思っていた。
そんなある日。
僕はチームメンバーである仲良し夫婦に話かけられた。
彼らは町村夫妻と呼ばれている。
町村夫妻はこのジムで古株でかなりの情報通であるらしかった。
きっと突然よさこいチームに参加してきた僕の情報を収集しようと考えていたのであろう。
夫婦はとてもフレンドリーで話しやすかった。
その話の中で、僕はジム内でも顔が売れてきているらしく
こっそり「ストロングスタイル」と呼ばれているという事を初めて知った。
本人の知らぬ所で妙なニックネームを付けられのはあまりいい気はしないが、この際仕方ない。甘んじてその異名を受け入れよう。
ただし、僕もただ受け身でいるだけでは終われない。
夫婦を通じてこれまでの疑問を一気に解消しようと企んだ。
彼らは快く僕の質問に答えてくれた。
まず、あのよさこいチームメンバーについて。
あのふくよかな青年と金髪男性は何者なのか。
ふくよかな青年は仁と呼ばれていた。年齢は僕と同じでほぼ毎日開館から閉館までジムに入り浸っているらしい。
金髪男性は夫婦も詳しくはわからないが、名前は佐伯さんで年齢は木澤さんと同じくらい。その風貌と醸し出す雰囲気、そしてボクササイズで見せる全力パンチで会員からは恐れられているとの事だった。
では女性陣は?
ロングヘアが印象的なリエさんは元ダンサー。
古風な表現をするとジム内のマドンナ的存在でファンも多いそうだ。
よさこいチームには3年連続で参加しており、常にセンターを任されている実力者だ。
看護師2人組に関しては新参なので夫婦も今後仲良くなっていこうと画策しているらしい。
とてもいい情報を教えてもらった。
彼らは本当に情報通だった。
夫婦はさて、今度はこちらの番とでも言わんばかりにこちらに質問の雨を降らせた。
年齢や仕事、恋人の有無。
なぜよさこいチームに参加したのかなど、質問は多岐に渡った。
恋人はいないと答えると夫婦は意外な反応を示した。
「よく自撮りしてる子と付き合ってるんじゃないの?」
自撮りしてる子=マーヤのことだ。
僕は確かにマーヤとは仲がいいが、決してそういう関係ではない。
「あの子すごくかわいいからジムでも隠れファンが多いんだよ。君らは絶対付き合ってるって噂になってたよ」
それは意外だった。
マーヤと恋愛関係になりたいとは不思議と一度も思った事がない。
「掲示板も荒れてたから気を付けないと。後ろから刺されても知らないよ」
夫婦は笑顔でとても物騒な物言いをする。後ろから刺されるなんて絶対にお断りだ。
話の最後に町村夫妻はぼそっと小声で囁いた。
「それと富山さんには気をつけてね。あの人ちょっと変わってるから」
それだけ言うと夫婦はそそくさと僕から離れていった。
富山さんに気をつける
掲示板も荒れていた
この2つのワードがなぜか妙に心に引っかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます