第11話 ズンバとの確執②

 踊り始めて約10分。

青木さんが小さく手を振った。どうやら休憩の合図のようだ。

気が付くと僕のシャツは汗だくだった。慌てて水分を補給しにいく。

水分補給を終え、僕が先ほどの位置に戻るとその位置に初老の男性が立っていた。

この人は確かよさこいメンバーの富山さんだったはずだ。


彼は僕と目が合うなり、ニヤニヤと笑った。

「よう、ズンバ初めてか?」

「はい。初めてです。よさこいの練習も兼ねて」

彼の口角は上がりっぱなしだ。

「こんな後ろで踊ってたら上手くならんぞ。もっと前に行け」

少し命令口調。

彼と会話するのは挨拶以外では初めてのはずだが、この口調は彼にとって年下へのスタンダードな接し方なのかも知れない。

半ば強引に僕とサムエルは前方に追いやられた。


休憩が終わり、ズンバが再開された。

先程よりは青木さんがよく見える。

なるほど、ジムリーダーをよく見ることがこのエクササイズでは重要なのか。

後ろにいる時は気が付かなかったが前の位置で参加している人達はかなり上手だ。

特に木澤さんの隣で踊っているロングヘアの女性は一人だけ動きのレベルが違う。

彼女は去年のよさこいチームのセンターを務めていたリエさんだ。

長い髪を振り乱しながら、正確にステップを踏んでいる。

その動きはもしかしたらジムリーダーである青木さんより上かも知れない。

さすがはセンター。彼女はここで間違いなく№1の実力の持ち主だ。

青木さんのダンスの難易度が少しあがる。

僕も慌てて真似をしてついていく。

その瞬間、僕の後方でワッと歓声が上がった。

何事かと鏡越しに確認すると富沢さんと取り巻きの女性たちがなにやら盛り上がっている。

なにかわからないが、面白いことでもあったんだろう。

サムエルも懸命に体を動かしている。

開始前はズンバに対して畏怖の念を感じていた僕であったが、ここまではなんとかついて行けてるのではないか。

そう感じ始めた頃、2度目の休憩時間がやってきた。


2度目の休憩に入るなり、また富山さんが話しかけてきた。

「お前すごくいい。最高。次はもっとダイナミックに。思いっきり踊ってみな」

「ありがとうございます」

「なんかスポーツやってた?いい体してるし」


僕はこの質問は苦手だ。さらっと真実だけを伝えて話題を終わらせよう。

「レスリングです」

「レスリング。そうか格闘技か。気が合いそうな気がしたんだ」

そうなんですか?と僕が問うと

富山さんは軽いシャドーボクシングをしながらこう答えた。

「俺も元々こっち系だから」

よく意味が分からないが、おそらく格闘技をやっていたからという意味なのだろう。

不思議な人だなと思ったが、褒められたので悪い気はしない。

僕はズンバ再開に備えて元の位置に戻っていく富沢さんの背中を少しの間だけ眺めていた。


「お疲れさまでしたー!」

青木さんの一声でズンバプログラムは終了を迎えた。

まさか第一声が終了の合図とは。なるほど徹底している。

僕はサムエルと感想を言い合いながらスタジオを出た。

外に出るとマーヤがむっとした表情で待っていた。

「タロ、ひどかったよ」

一瞬なんの事を言われているのかわからなかったが、すぐに先ほどのズンバの内容だと理解した。

「うそでしょ。富山さんに褒められたよ」

「リズムも取れてなかったし、全然踊れてない。あんなのでいきなり前に行くからビックリした」

ビックリしたのはこっちの方だ。

自分では上手くやったと思っていた。

「ふざけてると思われるよ。慣れるまで後ろで参加しな」

マーヤはやっぱりむっとした表情のままだった。


最高、と言ってくれた富沢さん。

ひどかったと言っているマーヤ。

全く違う意見をぶつけられた僕は、年甲斐もなくはっきりと混乱した。













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