第9話 寄せ集め
僕がナルカミよさこいチーム加入が決定した翌日。
ジムの至る場所によさこいチーム参加者募集のポスターがでかでかと掲示された。
募集期間は一か月。定員はなし。
練習自体は募集開始1週間後から開始される。
との事だった。
市が主催するよさこいソーラン祭りまでは約半年。
僕はチームワークが苦手だ。
このように何かのチームに属して活動する、というのは就労を除いて10数年ぶりだった。
チームメイトに少なくてもサムエルと木澤さん、そして親しいスタッフの貴島さんがいる事のみが僕の安心材料だった。
マーヤは不参加の意思が異常に強く、梃子でも動かない様子だったので結局チームには参加していない。
来週から練習が始まる。
練習開始後に加入を希望する者は随時練習会に参加することになっていた。
つまり、来週の練習会で集まった人数よりも本番では大人数になっている可能性が高いという事だ。
迷惑をかけるのは一人でも少ないほうがいい。
頼むから大勢集まるなよ、と内心では強く思った。
僕とサムエルは来週の練習会に備えて、ひそかに特訓を開始した。
特訓といっても貴島さんのスタジオプログラムに参加したり、とにかくトレーニングの強度をあげてせめて動ける体を作ろう、といった程度のものだった。
マーヤの応援にも熱が入る。彼女は応援係として僕達の特訓を厳しく監視した。
こうして特訓を開始して1週間。ついに第1回練習会の日がやってきた。
全てのスタジオプログラムが終了したスタジオ内によさこいチーム参加希望者が集結した。
僕達の他には約20人。
ちらほら見覚えのある顔も混ざっている。
やはりと言ってはなんだが、集まった顔ぶれはどちらかというとスタジオメインの利用者、スタガチ勢の面々であった。
いつも貴島さんのプログラムで一緒になる仲良し夫婦
スタジオ内でひと際キレのある動きを見せるロングヘアのお姉さん
いつどの時間帯にジムに来ても、常にどこかにいる初老の男性
全てのスタジオメニューに参加していると噂のふくよかな青年
どこか近寄り難い雰囲気を持った大柄な金髪の男性
この辺りのメンバーは、なんとなくではあるが僕もその存在を認識していた。
その他には数人の女性グループが複数。といった感じだ。
各々自由に待ち時間を過ごしている。
僕とサムエルは小さくなって木澤さんの後ろに隠れていた。
小柄な僕は隠れられているが、ジム内で断トツで大きいサムエルは全く隠れられていなかった。
木澤さんは顔が広いらしく、次から次へと参加者達に話しかけられていた。
仲良し夫婦は社交的だ。
「木澤さん、今年もでるんですね。これで今年も楽しくなりそうだなぁ」
なんとなくいい人達そうだ。こんな夫婦は素敵だなと思う。
ロングヘアのお姉さんはいい匂いがした。
「木澤くん、今年は飲みすぎたらダメだよ」
去年飲みすぎたのか木澤さん。
初老の男性は数人のマダム達を引き連れている。マダム達の年齢層はバラバラだ。
「木澤。今年も頼んだ。後ろの二人はお前の子分か?」
少し横柄な態度な態度が気になるけど、モテるんだなこの人。
ふくよかな青年と金髪男性は話しかけてこなかったが、その他のメンバーは皆木澤さんに声をかけてきた。
そのおかげで僕とサムエルもほぼ全員に挨拶することができた。
中2でも看護師2人組の女性コンビは僕と同い年であり、共に初参加との事だったので、僕の安心材料をまた一つ増やしてくれた。
集合時間になり、スタジオ内に貴島さんと女性店長が入ってきた。
貴島さんは唯一のスタッフ参加。普段ジムリーダーを務める店長は監督役だ。
店長が高らかに声をあげる。
「お集まりいただきありがとうございます。監督の青木です。今年もよろしくお願いします。」
参加者から知ってるよ!やら、青木さんも踊れ!など歓声が上がる。
「去年は残念ながら予選落ちでしたが、今年は絶対に優勝しましょう。私達ならできる」
一同がオー!と声を揃えた。
どうやらこの大会には競争の概念があるらしい。
チームプレイが苦手な自分は本当にここにいていいんだろうか。
青木さんは耳に手をあてて歓声を聞くポーズを取りながら満足そうに頷いている。
「今の所、参加者は25名です。去年は60名いましたからちょっと少ないかな?皆さん他の会員さんもどんどん誘ってくださいね」
60人となると大世帯だ。
さぞかし迫力があるチームだったのだろう。
「練習会の初回はまず、皆さんに去年の私達の演舞を見てもらいます。初参加の方もいますので皆さん静かに見てくださいね」
天井から大きめのスクリーンが下りてくる。
初参加者がいる=静かに見る。の文脈がどうも解釈できなかったが、僕はスクリーンに映し出される映像を食い入るように見つめた。
ぶんっという音が鳴って青い法被を着た集団が映し出された。
瞬間、例の文脈が一気に繋がった。
去年も参加したメンバー達がわぁっ!と騒ぎ出したのだ。
「〇〇さん映ってるよ!」「顔がやばい!」「ほら間違えた!」
など矢次早に悲鳴があがる。
初老の男性にいたってはスクリーンの前に立ちふさがり
「これは見ないでくれー!」
と喚きたてて大笑いしている。
まさにアナーキー。これではとてもではないが、集中できない。
青木さんはすぐに映像を停止させた。
「静かにって言ったじゃないですか。お願いしますよ」
なるほどこういう事か。
店長に一喝されやっと室内に秩序が出来上がる。
もう一度最初から映像が始まった。
チームの中心に立っているのはあのロングヘアのお姉さんだ。
後ろの方に木澤さんと初老の男性も見える。
よく見るとふくよか青年も、仲良し夫婦も映っていた。
どうやら今年のメンバーの大半は去年からのメンバーで占められているようだった。
映像の中のロングヘアのお姉さんがゆっくりと動き始める。
それに合わせて音楽が始まった。
総勢60人の迫力ある演舞が始まった。
映像を見終わって僕は愕然とした。
これは大変なことになった。
演舞自体は思ったより短い時間のもの。しかしその内容が問題だった。
ナルカミよさこいチームの演舞は3つのダンスで順番に構成されている。
最初にオーソドックスなソーラン節で始まり、最後はステップ&ダンスでも馴染みのあるラインダンス。
問題なのは3部構造の中核、ソーラン節の後に始まるダンスだった。
そのダンスこそが、最上級プログラム「ズンバ」であった。
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