第7話 スミスマシンとの出会い
木澤さんに導かれフリーウェイトゾーンに初めて足を踏み入れた僕は興奮していた。
学生時代、部室に転がっていた物とは明らかに違う整備されたスタイリッシュなダンベル達。
メタリックな銀の輝きを放つ2種類のバーベル。
そしてどこかコックピットを思わせるスミスと呼ばれるマシン。
どれもがただ身体的鍛錬のためのみに設計された機能美に満ち溢れていた。
木澤さんは最初にスミスマシンでのベンチプレスを教えてくれた。
スミスマシンとは、バーベルが両サイドからレールに固定されており、レールに沿ってバーを上下することができる筋トレマシンのことだ。
そのスミスマシンを使って胸トレの代名詞であるベンチプレスを行う。
胸まで下したバーを息を吐きながら丁寧にもちあげる。
最初はなにも付けない状態で10回。
次にバーの両側に10キロのプレートをつけた状態で10回。
バー自体が10キロの重量があるのでこれで30㎏だ。
まだまだ余裕がありそうなので、木澤さんは一気に60㎏相当までプレートを足してきた。
60㎏というとほぼ僕の体重と同じだ。先ほどまでと重さの次元が違う。
レールに沿って慎重にバーを上下させる。
なんとか10回クリアした。
「自分、ほんまに初めてか?」
木澤さんがバーの上から寝そべる僕を見下ろしながら聞いてくる。
「マシンのチェストプレスはやってましたけど、ベンチプレスは初めてです」
ここで強がっても仕方ない。木澤さんには正直に応えよう。
「チェストは何キロでやってる?」
「大体、50キロくらいです」
木澤さんは少し考え込んだあと、静かにプレートを足した。
「なんも考えんと、一発あげてみ。一発でいい」
僕は先ほど同様、バーをしっかり握って力いっぱい持ち上げた。
バーが少し持ち上がる。
60㎏とはさらにもう一段階違った負荷だ。重い。
失敗に備えて木澤さんが軽くバーに手を添えて補助の体勢に入った。
ゆっくりとバーを胸まで下す。引きちぎれそうだ。
「あげろ!」
木澤さんの声に後押しされながら、バーを精一杯持ち上げようとする。
なかなか上がらない。
体中の血液が脳に集まっているかのようだ。とてつもなくつらい。
「粘れ!いけるぞ」
じわじわとバーが持ち上がり、やがて完全に肘が伸びきる所まで挙上した。
すぐに木澤さんがバーをロックにかける。
僕は跳ね上がるように寝ころんでいたベンチから立ち上がった。
「お前やるやん!初っ端で80㎏挙げよった」
そうか僕が今挙げた重量は80㎏だったのか。
「体重60㎏くらいやろ?えぐいやん」
どうやらなんらかの快挙を成し遂げたらしい。木澤さんは興奮気味だ。
「これからバンバン筋トレやってみ、すぐに体でかくなるで」
でかくなれる。
その言葉が妙に響いた。
トレーニング自体はこれまでで最大の辛さだったが、僕の大胸筋にはかつてない刺激が走っており、燃えるように熱くなっていた。
これまでのマシンとは全然違う。まるでこちらを押し潰しそうな強烈な負荷。
命の危険すらも覚える領域の鍛錬であったのに、不快ではない。
むしろまたあの刺激を味わいたくなる。
そんなマゾヒスティックな感情を自分が持ち合わせていたのは意外だった。
木澤さんは、興奮気味に今度は自分がやるから補助に入ってくれという。
何キロつけるんですかと尋ねてみると
「アップしてから120㎏でセット組むわ」
とのことだった。この人はやっぱり化け物だ。
あまりの次元の違いに僕は少し眩暈がした。
僕が木澤さんとのトレーニングを終えると、まだ談笑中のマーヤとサムエルを見つけた。
なんとなく嬉しくなって僕も話に加わった。
ひとしきり汗だくをいじられていると木澤さんも僕たちの輪に加わってきた。
こうして僕たちは3人セットから4人セットになった。
その日の夜は胸全体がヒリヒリして痛いのと、妙なワクワク感でなかなか寝付けなかった。
この感覚はいつか感じた覚えがある。でもそれがいつだったか結局その日は思い出せないままいつの間にか僕は眠っていた。
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