第6話 ダンス&ステップ

 軽快な音楽と共に始まった貴島さんのスタジオプログラム「ダンス&ステップ」

見学の時に見たズンバはみんな終始無言だったが、このダンス&ステップは貴島さんの声に従って行われるプログラムだ。

インストラクターが声を発するだけでずいぶんと印象が違う。

イヤーマイクを通して彼女の弾むような声がスタジオ中に響いた。

動作自体は簡単なものだったが、見ているのとやってみるのとではずいぶん勝手が違う。

開始からすぐに僕は全員から置いて行かれた。

隣を見るとサムエルがその巨体を軽快に動かしている。

すごく楽しそうだ。

なんとか必死についていこうとするが、少しタイミングがあったと思ったらすぐに崩れ始める。

明らかに僕だけがリズムに乗れていない。

僕はどうする事もできず、なんとなくゆらゆらと体を動かしていた。

そんな時、突然僕の真後ろから

「楽しめ!」

という野太い声が聞こえた。

はっとして後ろを振り返ると、いつの間にかこんがりと日焼けした木澤さんが満面の笑顔でプログラムに参加していた。

引き締まった肉体をこれまた器用に操っている。

木澤さんに言われた通り僕は楽しんでみることにした。

合わないなりにもリズムに乗り、下手なりに貴島さんのステップをトレースしていく。

サムエルもカモン!カモン!と声をかけ続けてくれた。

後ろからは木澤さんの迫力をはっきりと気配で感じる。

貴島さんは必死な様子で踊りながら参加者たちに指示を飛ばしていた。

少しずつではあるが、でもはっきりと不思議な感覚が僕を包んだ。

楽しい。生きてる。

不思議な充実感が体の底から沸き上がってきた。

スタジオがどんどん熱を帯びていく。

僕達の対面で踊る貴島さんの姿はこれ以上なく輝いて見えた。

彼女の引力に僕もどんどん惹き付けられていく。

最後まで下手っぴだったけど、僕は45分のスタジオプログラムをなんとか完走した。


スタジオをでると僕の顔を見るなりマーヤが口元を抑えながら笑い出した。

よっぽど僕の動きが面白かったらしい。

マーヤはプログラム中の僕の動きをやや誇張気味に真似し始めた。

サムエルはよっぽど楽しかったのかやや興奮気味だ。

僕は初めてのスタジオプログラムを完走した安堵感で何度も胸を撫でおろしていた。

貴島さんが感謝を伝えにくる。

「タロさん、サムエルさん参加してくれてありがとうございました」

息を弾ませながら少し紅潮した顔で笑顔を見せる貴島さんはとてもうれしそうだった。

「こちらこそありがとうございます。きじまさんすごい」

サムエルは日本語が上手だ。

僕もサムエルに倣ってお礼をした。


貴島さんはにっこりとほほ笑むと他の参加者さんの所に走り去っていった。

おそらく同じように声をかけるのだろう。

マーヤはすぐに携帯を取り出し、僕たち三人でセルフィーを撮ろうとしている。

僕は複雑な笑顔を見せながら女の画角に収まった。

撮影された写真はすぐに彼女のインスタに投稿された。


サムエルが自分もその写真が欲しいと携帯を取りに向かったので、僕もドリンクを補充しにその場から離れた。

普段は500mlのペットボトルの水で十分なのに、今夜はもう空っぽだった。

自販機に向かいミネラルウォーターを購入しようとすると、いつの間にかまた木澤さんに背後を取られていた。

「スタジオ、めっちゃ頑張ってたやん。おもろかった?」

木澤さんと会話するのはこれが初めてだった。

まさかの関西弁に少し驚いたが、威圧感満載の風貌とは真逆の親しみやすい語り口。

結構いい人なのかも知れない。

「はい。面白かったです。全然ついていけませんでしたけど・・・」

木澤さんはくしゃっと表情を崩し、白い歯を見せた。

「皆、最初はそんなもんやで。初めてやったんやろ?」

「やっぱり初めてってわかります?」

「そら、わかるよ。普段マシンばっかりやん。ええ根性しとるなぁって思ってたんよ」

フリーウェイトから感じる視線はやはり気のせいじゃなかった。

この人は完全にこちらの様子を観察していたんだ。

少々不気味には感じたが、ジム内でトップクラスのトレーニーである木澤さんに注目してもらっていたのは内心嬉しかった。


木澤さんの話は終わらない。

「なんでマシンばっかりなん?ダンベルとかバーベルとかやらんの?」

僕は筋トレ初心者である事、なんとなくフリーウェイトゾーンは畏れ多いと感じている事を素直に木澤さんに打ち明けた。

「初心者こそフリーウェイトやった方がええで。今度一緒にやるか?」

どこか恐怖の対象であったフリーウェイトエリア。僅かな憧れこそあれ、自分にはまだまだ遠い存在だと思っていたが、この人をきっかけに一気に距離を縮められるかも知れない。

僕はお言葉に甘えることにした。

「お願いします」

木澤さんはまた顔をくしゃっと潰して笑顔になった。

「ええで。いつでも声かけて」

「いつでもいいんですか?」

「いつでもええで」

図渦しいとは思った。

でも僕はなぜか早くあの空間に行きたくて、無理なお願いをしてみた。

「今からでもいいんですか?」

僕のまさかのお願いに木澤さんは少し驚いた顔をした。

しまった。さすがに図々しかったか。


「えぇ根性してるやん」

木澤さんが、またニヤリと笑った。


僕はこの夜、フリーウェイトゾーンにも初めて足を踏み入れた。

マーヤが不思議そうな顔でこちらを眺めているのが見えた。




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