第5話 唐突なパーティ編成

 どうやら僕は間違っていたらしい。

僕は毎日ジムに通い、連日全身を余す所なく鍛えこんでいた。

しかし筋肉が成長するためには回復する時間も必要なのである。

しかも回復に要す時間は部位によってそれぞれ違う。

つまり効率のよい筋肥大を実現させるためには、これまで行っていた全身法よりも

分割法の方が効率的なのだ。


そんな初歩的なことを理解できるくらいには僕のフィットネスレベルは向上していた。

相変わらずフリーウェイトとスタジオは怖くて近寄らないが、マシントレーニングは継続して行っていた。

見るからにぽっちゃりしていた僕の体も少しスッキリしてきたように思う。


僕がジムに通うようになってひと月。

当初周りを見渡す余裕など全くなかったが、現在では少しずつ周囲の様子を把握することができるようになっていた。


まず、例のフリーウェイトゾーンのランボー氏は木澤さんというらしい。

木澤さんはジム内でも1,2を争うトレーニーだ。

彼のように筋トレを本気でやっているタイプの人達は、このジムでは筋トレガチ勢(略してトレガチ)と呼ばれていた。

一方、スタジオエリア中心に本気で汗を流すタイプの人達はスタジオガチ勢(スタガチ)と呼称されている。

他にもあくまで気楽に楽しくジムで過ごすエンジョイ勢。

一階のプールを中心に利用するプール勢などがいる。

恐ろしいことに、木澤さんはトレガチ勢でありながらスタガチ勢であるハイブリッド型であるらしかった。

不自然な程日焼けしたその体はいつ見てもパンパンにパンプアップしている。


ちなみに先日ぶつかってしまった巨漢の外国人だが、意外にも彼はエンジョイ勢であることがわかった。

名前をサムエルという。僕より5つ年上のドイツ人で、10年前に仕事の関係で日本に移住してきたらしい。

ぶつかった翌日からなぜか会話するようになり、決して流暢ではないが丁寧な日本語で話す彼と僕はいい友人になっていた。

カレーライスが大好物らしい。


そして、もう一人。

僕が名前を覚えた会員がいる。

その名をマーヤという。

マーヤは毎日決まって僕より少し遅い時間にジムに現れ、入念にストレッチした後、ジムエリアにやってくる。

そしてひとしきりその日ごとのトレーニングを行う。しかもとてもストイックに。

僕が驚いたのはそのストイックさではない。

彼女のセット間の休憩時間の過ごし方だ。

彼女はトレーニングの合間に必ず携帯で自撮りを行うのだ。

黄金のように輝く金色の髪は短く切り揃えられ、常にメイクは完璧。

お尻を不自然に突き出したようなポーズで、鏡越しに一心不乱で自撮りを行う彼女は、明らかに周囲から浮いていた。


そんな彼女が突然話しかけてきた。

「すいません。写真撮ってもらっていいですか?」

そう言って近寄ってくると、彼女は煌びやかなカバーに包まれた携帯をこちらに差しだした。

なぜモブキャラである自分に。

疑問には感じたが問いただす勇気もない僕は、おずおずと彼女の携帯を受け取った。

彼女の爪はなにやら装飾され尖っており、受け取る際にちょっと刺さった。


撮影する角度を細かく指示され、彼女の合図で写真を撮影した。

念のためにシャッターは2回押す。

撮影した写真を確認してもらうと彼女は満足そうにお礼を言った。


そんなことがあってから僕はマーヤに遭遇するたびに撮影係を頼まれるようになっていた。

おそらく一度の交渉成立で撮影の頼みやすさのハードルが下がったのだろう。

彼女はインスタ用に撮影を行っており、映えに全てをかけている事を熱心に教えてくれた。

その話の合間に彼女が税理士事務所で勤務していること、年齢が僕より2つ下であることなど次第に彼女の個人情報が開示されていった。


僕は熱心に体を鍛え、時にサムエルと談笑し、マーヤを撮影する

という日々を過ごしていた。

いつの間にか僕たち三人はセットで活動するようになっていた。

ジムの中でどうやっても目立つサムエルとマーヤ。そしてモブキャラの僕という組み合わせは少しジム内でも異質な雰囲気を放っていた。


そんな毎日が続き、ジムに通い始めて2か月が経過した頃

スタッフの貴島さんが僕たち3人に話しかけてきた。


「今からスタジオ入りませんか!?」

どうやらこの日が彼女のスタジオレッスンデビュー日であるらしく、スタジオプログラムに参加する会員さんを募集しているとの事だった。

エンジョイ勢として初級プログラムには積極的に参加しているサムエルはいいとして、マシン専門の僕はスタジオなんて近寄ったことすらない。

マーヤに至っては明らかに冷めた表情で貴島さんを見つめている。

はっきりと僕は気後れした。


しかし見学日より積極的に僕とコミュニケーションを取ってくれた貴島さんの晴れ舞台。協力したい気持ちはやまやまだ。

せめて傷つけないように断ろう。

僕がなんとか苦しい言い訳を披露しようとしたその時、サムエルが高らかに宣言した。


「いきます!タロ、マーヤいこう」

僕はジム内ではタロと呼ばれていた。

あだ名をつけたのはマーヤだった。本名からなんの捻りもなく生み出されたニックネームだ。

サムエルの言葉に、マーヤはあからさまに嫌そうな表情を作った。

そしてよっぽど参加したくないのか僕を生贄にする作戦にでた。

「タロ、行っておいでよ」

「ならマーヤもいこうよ」

僕が改めて彼女を誘うと、彼女はこれまで見たことのない笑顔を僕達に披露した。

「私はいいや。見ててあげるからサムエルと踊っておいで」

貴島さんはありがとうございます!と笑顔で叫び、嬉しそうにスタジオに走っていった。

マーヤがすっと表情を戻す。

なんてズルい奴だ。

僕はサムエルに腕を引っ張られながらスタジオに連行されていった。

スタジオの外のマーヤと目が合う。

むかつく事に拳をあげてこちらを鼓舞している。なにやらニヤニヤもしている。

サムエルは一生懸命現在の心境を話している。

ごめん、あんまり頭に入ってこない。

突然訪れたスタジオプログラム初挑戦に僕は完全に動揺していた。


スタジオ内の人数は10人ほど。

見学日に見たズンバプログラムと比べるとスタジオ内はかなりまばらだ。

しばらくして普段の青いポロシャツではなく、動きやすそうなウェアに着替えた貴島さんが現れた。

スタジオに集まった会員達の表情を確認したあと、貴島さんがこれから始まるプログラムの紹介を始めた。

興奮しているのか、とても早口だ。

プログラム名はステップ&ダンス。

どちらかというと初心者向きなダンスプログラムだ。

やがて軽やかな音楽が始まり、貴島さんが笑顔で踊り始めた。



















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