第2話 見学!フィットネスワールド①

 青いポロシャツの女性は貴島さんというらしい。

下の名前も教えてくれたが、失礼ながらその時は記憶することが出来なかった。


元々慎重派の僕は何事も計画を立てて行動するタイプだ。

学生時代のクラブ活動しかり

友人との交流、進路、就職、女性との交際に至るまで僕はどちらかというと

「石橋を叩いて渡る」タイプの人間だ。

そんな僕が、突然目についたスポーツジムに飛び込みあまつさえ見学を申し込むなどにわかには信じがたい出来事なのだ。

そう、僕は完全に自分自身に動揺していた。

せっかく自己紹介してくれた女性の名前も覚えられないほどに。


受付スペースに置いてある簡易なテーブルに貴島さんと向かい合って座り、入会金や月会費などの事務的な手続きの説明を受けた。

料金は思ったよりリーズナブルだった。

その後、彼女はここナルカミスポーツジムについてざっくりと紹介をし始めた。


要約すると

この施設は地域住民の健康促進、及びボディメイク、筋力向上を目的とした初心者向けのフィットネスクラブである。

20種類を超えるマシン数

30キロまで揃えられたダンベル

広々としたフリーウェイトゾーン

25mプール サウナも完備された大浴場

そして最大の特徴は会員であれば自由に参加できるスタジオプログラムが非常に人気である。

とのことだった。


このスタジオプログラムに関しては正直あまりピンと来なかったが

いわゆるエアロビや流行りのボクササイズなどがこれに含まれるようだ。

特にズンバというプログラムが人気らしい。


貴島さんの話ぶりが非常にわかりやすかったこともあり、これらの説明を受けているうちにすっかり僕は冷静さを取り戻していた。



僕の印象の中にあるジムとは、こんがりと日焼けしたゴリゴリの超マッチョ達が雄叫びをあげながら、肉体の限界に挑戦し合うちょっと怖い所だった。

どうやらナルカミスポーツジムはそうではないらしい。

黒光りするハードなマッスル達はここでは少数派のようだった。

これなら大丈夫かも。

少しずつではあるが僕はこのナルカミスポーツジムに興味を持ち始めていた。


ここ数日の情緒不安定は

どう考えても歩道橋での一件が起因している。

自分自身の身体能力低下

そしてお世辞にも美しいとは言えない体型

毎日の虚無感

それら全てを一気に解決する可能性が、ここにはあるんじゃないのか。


僕の心はむくむくと活力を取り戻していた。


「それでは実際に施設内をご覧いただきますね。」

貴島さんはゆっくりと立ち上がった。

この時の僕には、まるで貴島さんが突然現れた救いの道を示す絶対的な宣教師のように見えていた。

この人についていけば大丈夫!

そんな安心感を彼女から感じとることができる。

多分僕は詐欺とかマルチ商法とかに引っ掛かりやすいんだろうと思う。


僕も椅子から立ち上がり、先導する彼女の後ろについていった。

貴島さん、身長は150前半くらいかな?

でもおそらく何らかのスポーツで鍛え抜かれているであろ彼女の背中は165センチの自分よりも大きく感じた。

なんていうか、雰囲気的な意味で。


ナルカミスポーツジムは二階建てになっていて

一階には受付、持ち込んできた食事を食べたり談笑するためのラウンジスペース、更衣室があった。

この更衣室に浴場がついてあり、プールも更衣室からの直通になっている。

更衣室内は清潔に保たれており、同時に3人は使用できる鏡つきの洗面台が設備されていた。

またこのジムのイメージカラーなのか全てのスペースが青と白を基調にインテリアされていて、まるでリゾート地のような爽やかな非日常を演出している。


ラウンジスペースには自動販売機が2台。

どこにでもあるオーソドックスな商品のラインナップだが、エナジードリンクやスポーツドリンクが多めに配置されている辺りがこの施設のなんたるかをはっきりと主張しているようだった。

ちなみにテーブルは5台。

貴島さんによると、このラウンジでは簡易な女子会も頻繁に開催されているとのことだった。


一通り1階フロアを見て回ったあと

いよいよ僕たちは2階フロアに向かうことになった。

ナルカミスポーツジムの本丸、ジムエリア及びスタジオエリアを確認するためにである。

重力を感じさせない軽い足取りで2階フロアに向かう彼女のあとに僕も続いた。

先日の歩道橋と違い、不思議と僕の体も軽く感じた。


まばゆい光とどこかで聴いたことのあるアップテンポな洋楽。

僕はなぜか高揚していた。

まるで念願のテーマパークにやっと連れてきてもらえた子供のように。

階段を上りきると、そこにテーマパークがあった。

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