第8話
「ダンジョンアビス ~上も下も制覇してダンジョンマスターを目指します」
――プロローグ
この世界には二つの生き方がある…。
一つは平和に過ごすこと。その身が老いるまで、普通の日常を普通に送っていくこと。この世界の大半の人間がこの生き方にあてはまるだろう。なりたいものになり、やりたいことをする。学校へ通い、進学し、仕事に就き、結婚して幸せな家庭を築き、多くの人に看取られながらこの世にさよならをする。それは本当の意味で最高の人生の過ごし方といっても過言ではない。
そして、それはもう一つの生き方を送る者たちにとっても、例外でなく当てはまる。
もう一つの生き方…。
それはこの世界に存在する神が気まぐれで作ったとされる「ダンジョンアビス」を制覇するために冒険者として過ごすことであった。
この町に百年前に突如としてそれは現れた。
雲にも届きそうな高さで頑強に作られた上の階層を踏破するために作られた「ダンジョン」。
底知れぬ深さと暗闇が永遠と続くかのように下の階層を踏破するために作られた「アビス」。
それら二つを重ね合わせ人々はそれを「ダンジョンアビス」と呼んだ。
この二つの階層を最上部、最下部まで両制覇したものにだけ与えられる、まだ誰もが成し遂げていない唯一無二の称号、「ダンジョンマスター」を目指して。今日もこの道を、この生き方を選んだ者たちは、上を目指し、下を目指して生きている。
まだ誰もたどり着いたことのない、到達地点を目指して。
「うん、オッケーね」
「ほんとですか‼良かった…」
夜。光世は自宅の自室でリモートで打ち合わせをしていた。
二十二時を回った頃、光世はようやく完成した原稿を担当の雛ヶからチェックを受けていた。
「喜ぶのは早いわよ。修正箇所や言い回しを変えないといけないところはあるから」
「ですよねー」
んぎゃーと奇声を上げる光世。
その様子を引いて見ながら雛ヶは再び送信された原稿に目を通す。
十五万字を超える文字の量。これを企画に出すと決めてからわずか一週間足らずで仕上げてしまうというその才能にため息が出た。
中身は面白い。これに襟鹿のイラストが加われば書籍化も十分狙える位置につけれると雛ヶは考えていた。
「みみちゃんはなんて?」
「襟鹿ですか?えーっと、たしか…、普通に面白いって言ってました」
「ふーん」
(普通…、ね)
襟鹿の言っていた普通。それは雛ヶとの意見と一致した。
本来の光世の実力ならば、十分狙える位置ではなく、当確なのだ。
(それを本人に言うのは、今はやめとこうかしらね)
あの地獄からようやく一作書き終えた達成感の光世の顔を、歪ませたくないという雛ヶの優しさだった。
「イラストはどこに使う予定なの?」
「規定通りの場所は襟鹿にも話してます。プラ1は中盤で行こうと思ってるんですけど…」
光世は、視聴覚準備室で襟鹿と相談して決めた内容を雛ヶに説明した。
「うん、良いわ。それでいきましょう」
「ありがとうございます‼」
「それで、これからのスケジュールなんだけど…」
雛ヶは企画の概要を添付したファイルを光世に送信する。
「みみちゃんにはもう書き始めてもらって、こっちは細かい修正。といっても原稿の提出は二日ごだから早めにね。イラストは、投稿開始一週間前までだからまだ余裕があるわ」
「分かりました、襟鹿には僕から伝えておきます」
光世はそのまま襟鹿にメッセージとともにファイルを送る。
「投稿開始三日前にあらすじと最初のイラストが先行配信されるわ」
「そこから勝負がスタートですね」
「そうね。五月三十一日に中間発表、六月三十日に締め切り」
「七月七日に結果発表…、ですね」
「選考基準は、総視聴回数、それと…、ゲスト票ね」
総視聴回数は、単純にその作品を読者が視聴した(読んだ数)になる。
一視聴1ポイントとして扱われ、このポイントを一番獲得した作家が「FF杯小説大賞 ルーキー杯」のグランプリを獲得できる。
「でもこのポイントって獲るの難しいですよね?」
「そうね。そこは先行配信が決めてになるかもしれないわ」
読者側には明記されていない裏ルールとして、ポイントの定義が存在する。
それは、読んだ文字数が十万字に到達すること。
一人の読者が十万字まで読み進めて初めて1ポイントとなる。
これは流し読み防止や簡単な視聴回数の獲得を防ぐために明記されたルールだ。
「ルーキー杯って何人出てるんですか?」
「エントリーしてるのは十五人ね」
「うわー、びみょー」
「そうよねー、マジで読めないわよねー」
デビュー後三年未満の若手作家達がそれぞれ書いた十五万字以上の十五作品。
中々すべての作品を読める人はいないだろう。
ましてや十万字に到達する作品もいくつも出ないかもしれない。
数千時読んで面白くなければ、イラストが好みでなければ、それだけでやめてしまう人もいるだろう。貴重な1ポイントを簡単な理由で手放してしまう。
そして、曲がりなりにもデビューしたプロ作家達だ。
前作品の人気も視聴回数の獲得に関わってくる。
「不安?」
画面越しの光世の顔を見て雛ヶは声をかける。
「そんなことないですよ」
不安な表情を見せずに光世は言った。
「俺は一人じゃないですから…」
君とともに歩む俺のラノベ人生 ハラken @HARAken2515
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