第4話

正式な高校三年生がスタートした翌日の始業式。

諸々の行事ごとを終えた光世は襟鹿を呼んで再び視聴覚準備室へと来ていた。


「なに?書けたの?」

「いや、えっと…」

「帰る」

「ま、待って待って待って襟鹿‼」


出ていこうとする襟鹿の腕を慌てて掴む。


「みーつーもーりー?」

「ご、ごめんごめん!」


襟鹿の殺気を感じてすぐに手を離した構成はそのまま三歩後ずさる。

襟鹿は掴まれていた部分をさすっていた。


「昨日、ひなさんとリモートで打ち合わせしていたんだ」

「あらそうなの」

「ひなさんにも襟鹿と同じようなことを言われたらよ」

「やっぱりね。言ったじゃない」


光世は昨日の打ち合わせの内容を襟鹿に話した。


「ふーん、そのルーキー杯ってのにあんたは出るの?」

「うん」

「そうなんだ」


FFweb小説杯の話を聞いて襟鹿はどこかホッとした様子を見せた。

それは光世が本腰を入れて書くことに対する安堵があったからだ。

打ち切られて以来、光世の様子は目に余るものがあった。

会うたびに「書けない」という言葉しか出てこない。


それは、ただアイデアが浮かばないとか、構成がうまくできないとか、キャラクターがまとまらないとかではない。

そうでなければ、担当の雛ヶや襟鹿は、あの膨大なプロットを良いものとは言わないのだ。


(光世は書けないんじゃない…)


襟鹿はそう思っている。

俗にいうスランプなんてものではないと…。

今の状況を改善するには、この企画に参加することに賛成だと思った。

その話を聞く前までは…。


「で、で、なんだけど…、内容はこの間のファイルのプロットから選んだもので、襟鹿にイラストを描いてもらう必要があって…」

「は?」

「いやだから、襟鹿のイラストが…」

「あたし、あのプロット達にはイラストを描いてあげられないって言ったわよね?」

「そうなんだけど、ひなさんともう大枠決めてて、あとは襟鹿と相談してって流れなんだけど…」


「ふっざけないで‼」


大声を張り上げた襟鹿。

その様子を見て光世は驚いてしまった。

それは今までに見たことない本気で怒る襟鹿の姿だったからだ。

それでも、ひるんだままでも光世は襟鹿にイラストの承諾をお願いした。


「もうスケジュールもやばいんだ。投稿はゴールデンウイークからで六月三十日まで。中間結果をはさんで最終結果が八月の中旬。あんまり容量自体はあまり多くないけど、速めに仕上げてブラッシュアップしたい」


目を合わそうとしない襟鹿にそれでえも光世は続けた。


「襟鹿の作業的な問題もあるから今週中には書き始めないといけないんだ‼頼むよ襟鹿‼」


「でも、これは…、このプロットはあんたの…」

「…?俺の?」


言葉を途中で切り上げた襟鹿はスマホで電話を掛けた。


「襟鹿?」

「ちょっと黙って!」


厳しい言葉とともに向けられた視線に光世は何も言えなくなる。


「お忙しいところ失礼します」

『あ~、みみちゃん』


襟鹿が電話を掛けた相手は担当の雛ヶひなだった。

雛ヶは高校生イラストレーターの襟鹿の担当でもあった。


『電話をかけてきたってことは、光世くんから話を聞いたの?』

「はい、いま二人でいます」

「ひなさん?」

「黙ってて‼」

「はい!」


光世はもう動けない。


『みみちゃん描いてくれないかしら?』

「嫌です」

『しょうがないわね~、じゃ、他の…、』

「それも嫌です‼」


襟鹿はそこだけは譲れなかった。

高校生ラノベ作家、三森光世の専属イラストレーターになりたいと言ったのは、まぎれもない襟鹿自身だったからだ。


「なんでこのプロットで書かせるんですか?」

『光世くんの成長に繋がるからよ』

「得意ジャンルで勝負しなきゃ、意味ないですよ」

『そんなことないわよ、このスランプを乗り越える重要なポイントになるわ』


「光世は…、スランプなんかじゃありません」


『なんだ、私もそう思ってたわ』


変に口車に乗せられているのような気になるが、さすがによく光世の事を見ているなと襟鹿は思った。


『もう一度言うわよ、私はこれをきっかけに光世くんが何か掴んでくれると信じてる。だから、ね?みみちゃん。光世くんを信じてみない?』

「…。分かりました」


 その後、言葉を交わして襟鹿は電話を切った。


 「ひなさんと何を話したんだ?」


 切った電話をじっと眺めていた襟鹿。

 少し考えてから小さく息を吐いた。


 「描くわよ」

 「は?」

 「だから、イラスト‼描くって言ってるしょ‼早くプロット見せて」

 「お、おお!ほんとに!これこれ今回のプロットなんだけど」


その後、煮詰めるところまで二人で話し合いをした。


終わるころには、視聴覚準備室に暖かい春の風と共に部屋がオレンジ色に染まっていた。

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