第24話

「おーい」


 呼びかけてみる。反応なし。

 

「起きろって」


 軽くテーブルを何度か叩いてみる。ユキは微動だにしない。

 俺は立ち上がってテーブルを回りこんだ。横向きで寝転んでいる体のそばに膝をつく。なんとなく猫が横たわっている姿を連想した。


 スカートから伸びた太ももに思わず目がいく。

 いくらなんでも無防備すぎる。俺が悪人だったらどうなることやら。

 

「おい帰れよマジで。帰れなくなっても知らねえぞ?」


 声をかけても、まったく目を覚ます気配がない。

 少し心配になって、前かがみに顔をのぞきこむ。寝顔は文句なしにかわいい。……ではなく、かすかに寝息らしきものが聞こえる。


「お客さん、終点です」


 肩を揺する。起きない。

 次はほっぺたをつまんで引っ張った。柔らかい。しかし起きない。

 さらに強く引っ張る。歯が見えるぐらいに。それでも起きない。

 

「あのさぁ……」


 あきれつつ頬から手を放した。これで起きないのはあり得ない。間違いなく狸寝入りしている。たぶんそうではないかと思っていた。


 どうやったら起きるか。思案の末、俺は足元に狙いをつける。くるぶしが隠れる長さの紺のソックス。その足の裏側を、指先で軽くひっかくようにくすぐる。


 一瞬ぴくりと、ユキの体が跳ねた。けれど反応はそれきり。

 今度は両手を使い、左右の足裏を同時に攻める。指の下の膨らみから、へこんだ部分にかけてを指先でゆっくりと上下になぞる。

 

 するとユキは不自然に寝返りをうった。足を一度引っ込めてまた伸ばす。軽く蹴られた。

 効いているようだが、まだ起きるつもりはないらしい。そっちがその気ならこっちにも考えがある。


 視線を上にもっていく。次の狙いは、大胆にさらしているその脇腹。

 立てた指先で、つついていく。一回、二回とやるだけで、体はあからさまな反応を示した。

 

「ふ、ふふっ……」


 もう笑っちゃってる。けれどユキの目は閉じたままだ。

 上下に位置をずらしながら突き攻撃を繰り出していく。耐えきれずとうとう体をよじらせたユキは、肘で俺の手を払ってきた。

 

「絶対起きてるだろ」


 それでもユキはかたくなに目を開けようとしない。

 なら容赦はしない。指先だけではなく、両手の指を総動員して、脇腹をくすぐった。


「あっ、んっ……」


 変な吐息混じりの声が聞こえた。

 今のは、出てはいけない系の声……だった気がする。

 思わず手を止めて固まっていると、ユキはむくりと上半身を起こした。もうしっかり目を開けている。


「……やば、パンツ濡れたかも」

「はい?」

「目閉じながらくすぐられるのやばい。どこ触られるかわからないから超ドキドキする」


 ユキは閉じた膝頭を手で撫でながら言う。頬には赤みがさしていた。仕草が忙しないというか、どこか落ち着かない様子。

  

「ていうか、最初っから起きてただろ?」

「やだ起きてるって知りつつ触ってたの? 触り方えっちすぎなんですけど」


 俺はあくまで起こそうとしただけだ。ちょっとやりすぎたかもしれないが。


「でもナイトくん前戯上手だね」

「前戯言うな」

「このあとも上手にできるかな?」

  

 ニッコリと首を傾げてきた。盛大にため息が漏れる。

 とりあえず話を元に戻そう。


「さて起きたことだし、帰るぞ」

「え~。今からだと、もう帰るより泊まったほうが早くない?」

「早いも遅いもないだろ。だいたい親は知ってるのかよ」

「知ってるよ? 彼氏のとこ泊まっていい? って聞いたら、いいけど避妊は絶対しろって。あと遅くまで外うろつくなって」

「いやそれ、彼氏のとこって前提がおかしいだろ」

「大人はね、いちいち『好きです、付き合ってください』なんて言わないんだよ?」

「ガキのくせに何いってんの」

「で、これも渡されました」


 ユキはリュックのポケットをあさると、長方形の箱を取り出した。中に薄いゴムが入っているアレ。未開封。

 

「ナイトくん大丈夫? ちゃんとつけられる?」

「いや、あのさ……」


 どこまで本気なのかわからないが、ここは一つきっちり話をするべきだ。

 俺はユキの正面に向き直って座った。少しだけためを作るように間を置くと、目を見つめながら言う。

 

「言っとくけど、俺はお前のことを助けようと思って助けたわけじゃないよ。思い出すだけで俺の気分が悪くなるからやめさせようとしただけ。つまるところ俺のためなわけ」


 俺は姫を助けに来た王子でも騎士でもなんでもない。ただの通りすがりの短気な自己中野郎。そこははっきりさせておくべきだ。

 そう思っていったが、ユキはぽかんと首をかしげる。


「急にそれなんの話? 意味がわかんないんだけど」

「助けられて好きになったとかって言ってただろ」

「ああそれ? 今はそういうの関係なく好き」


 うつむいて額を抑える。

 言われて悪い気はしないが、なんというかあっさりしすぎているというか。

 顔をあげると、改めてユキの顔を見て言う。


「ユキが俺を好きなのはわかった。そう思ってくれるのはうれしい。ユキは見た目はかわいいし、たまにうぜーけどそこまで嫌ってわけでもないし、話してても結構楽しい。話し相手がいなくて、学校でも孤立してるとかなら、なんとかしてやりたいとは思う。だから別に彼氏であろうがなかろうが、話ぐらいは聞くよ」


 がらにもなく真面目に語ってしまった。

 ユキはじっと俺の顔を見つめて聞き入っていたが、それで話が終わりと知るや、急に眉をひそめた。


「……はい? なんですかそれは?」

「え?」

「告白だと思ったから最後までおとなしく聞いてたけど、要するにお友達でいいですよねってこと?」


 正直に思っていることを話したつもりなのだが、要約するとそうなるのか。


「んーまあ……」

「それかユキちゃんはかわいいからやりたいけどめんどくさそうだから付き合いたくはないみたいな話? 大丈夫? それ刺されるよ?」

「ちげえよこええよ、ちょっと落ち着けって」

 

 急に早口で返された。口は笑っているが目が笑ってないやつ。人の話を聞いてるようで全然聞いてない。

 あまりそういう生々しい話はしたくないのだが、いたしかたない。

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