第9話
裏庭でユキと別れた俺は、その足で三年三組の教室に向かった。
手近な女子生徒を捕まえて「井上先輩っていますか?」と尋ね、席を特定する。井上先輩は、窓際の席で背中を丸めながらスマホをいじっていた。
「おはようございます」
先輩にはきちんとあいさつ。俺は席の前で、礼儀正しく一礼する。
しかし相手は俺の顔を見るなり、スマホを取り落として椅子から転げ落ちそうになる。
「き、君はっ……」
「昨日はどうも」
「どっ、どうも……?」
昨日の連中と、話をつけてきてほしい。それがユキのお願いだった。
普通ならそんな面倒事は断るところだが、俺も俺で、暴力沙汰だなんだと訴えられるとまずいと思っていた。放置して変に話がこじれるのも避けたい。
あの闇集会の取りまとめをしているリーダー、三年三組井上タケシ。
今俺の前で、引きつった笑みを浮かべている小太りメガネ男子。昨日も便所で顔を合わせたばかりだ。
ユキからは顔写真付きで情報をもらった。
それにしても上級生をしもべにしていたとは。
「あんたリーダーなんでしょ?」
「ち、ちっ、違う! 僕は関係ない! きのうは田中のやつがひとりで勝手に暴走して……!」
「わかったからちょっと落ち着けって」
先輩は見るからに取り乱しはじめた。汗がすごい。
話を聞くに、昨日のことはその田中とかいうやつが独断で、衝動的に行ったことらしい。
残り二人はどうしたらいいかわからず見ていただけだと。
「ていうか止めろよ」
「怖くて体が動かなかったんだよ! もう人生終わったとかいろいろ考えちゃって!」
「そんなこと言ってあんたもさ、なんか盗撮しようとしたとかって聞いたけど」
「違う、僕は面とむかって、『コスプレとか興味ないかい? できたら写真とか撮らせてほしい……』ともちかけたら盗撮犯扱いされたんだ」
「それはそれでたち悪いな」
俺にそこまで敵意がないと見たのか、井上先輩は平静さを取り戻しはじめた。
ユキ本人にやらせていたら、こうはいかなかったかもしれない。やはり引き受けて正解か。
先輩はもともとおしゃべりらしい。聞いてもいないのに弁解するように話をしてくる。
「で、肝心のその田中ってやつは、今日学校を休んで逃げていると」
「逃げているというか、病院に行くと言っていた。昨日は大丈夫と言って帰ったがあとから痛みだしたらしい。骨がどうにかなってるかもしれないと」
これって下手すると俺が治療費とか請求されるパターン?
そんな強くはやってないつもりなんだが。
「よ、擁護するつもりはないが、そんな悪いやつじゃないんだよ、本当に。あんなことするやつじゃないんだ。つい魔が差して気がついたら、だそうで、反省していて……」
「そのことなんだけどさ、こっちも黙っとくからさ、その怪我に関しても黙っててくれないかなって」
「え、え?」
「要するにいろいろめんどくさいんで、あの件についてはお互い口外しないということで。っていう君らの姫からのお達し。それでいいっしょ?」
「そ、それは……も、もちろん!」
「あとは『二度と話しかけるな近寄るなブタ野郎ども』とのこと」
「は、はぃい!」
ブタ野郎は何度もかぶりを振った。
汗ダラダラになっている。向こうも向こうでやばいと思っていたのだろう。
「で、あとこれ。みんなに返しといてって」
ユキから預かっていた封筒を先輩の顔に差し出す。
数えてはいないが、中には結構な枚数の千円札と硬貨が入っている。
ユキがこいつらから受け取った金だ。一銭も使ってないという。
これは忠誠心の表れだとか意味のわからんことを言っていた。全部返して後腐れなく縁を切りたいのだと。そもそも金に困ってなんていないと。
昨日はネットにあいつらの写真を上げてやると息巻いていたが、やっぱりやめると言っていた。一晩おいて、冷静になったらしい。
「むぅ……」
井上は封筒を前に、眉間にシワを寄せて固まっている。一向に受け取る気配がないので無理やり胸元に押し付けた。
「これでもう終わりか……はぁ、ユキ姫様……」
封筒を受け取った井上は、がくりと首をうなだれた。
文句だとか、不満を漏らす様子はない。ユキにすっかり心酔しきっているようだった。
学園の姫でこそなかったが、こいつらのあいだでは絶対的なプリンセスだったらしい。
もしかするとあいつって、変なカリスマ性があるというか……教祖とか向いてるのかも。
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