第7話
空は澄み渡る青。雲ひとつない秋晴れ。
斜めに降りそそぐ朝日の下、今日も今日とて俺はチャリを押していく。
学校の駐輪場は嫌がらせのように正門から遠い。
登校時のラッシュに巻き込まれると、前も後ろもふさがれて下手な動きを取れなくなる。
「キャハハ、それまじ~?」
俺は騒がしい女子集団の後ろをのろのろと歩いていた。
チャリに乗ってるならまだしも、ハンドルを押しながら歩きで群れの中をかいくぐっていくのは骨が折れる。そこまで急いでいるわけでもない。
「あら? あらら?」
すぐ近くで声がした。
考え事をしていて意識はよそにいっていた。気づけばすっかり見慣れた顔が、横から前かがみに俺をのぞきこんでいた。驚きつつも目をあげて答える。
「おおっす……あぁ、元気?」
「え? うん」
彼女はきょとんとした顔でうなずいた。
考え事とは、他でもないその彼女のことだ。本人はどこ吹く風と笑いかけてくる。
「けっこうフレンドリーなんだね。私、嫌われてるかなって思ったけど」
「なんで?」
「ほら、Line交換したけど、連絡も何もなかったから」
とっさに返す言葉に詰まる。頭の中に疑問符が浮かんでいた。
昨晩「今日はありがとうね」というメッセージが来て、それから二つ三つやりとりをした。
ふざけてからかっているのか、と表情をうかがうも、向こうはいたって真面目な顔だ。
お互い見合って変な間が生まれた。
朝の日差しに乳白色の肌が映える。長いまつげが瞬いて、茶色がかった瞳が不思議そうにかたむいた。
すぐに違和感に気づいた。
俺は立ち止まると、彼女の目元を指さしていった。
「それ、目の……」
「目?」
「あ、いや……」
慌てて指を引っ込める。この前も指摘したら、不機嫌になったのを思い出す。
今日は化粧か何かでうまく隠したのか、目のふちのあざはきれいさっぱり消えていた。
気分を害するかと思いきや、彼女はおかしそうに口元を歪めた。
「うふふっ」
「なんで笑う?」
「それたぶん、ユキのほうだよ」
「ゆきのほう?」
間の抜けた声でオウム返しをしていた。微笑を浮かべたままの顔を前にして、思考が止まる。
俺は一度視線を上向かせたあと、もとに戻した。目の前の顔を指差す。
「あ~、えっと……ユキ?」
「ノー。アイムミキ」
「え、ユキは?」
「いちおうあっちが妹かな。私と双子なの」
「……双子? まじ?」
「まじ」
タチバナミキは口元に手を添えて笑った。
笑った顔は瓜二つだが、笑い方はまるで似ていない。
改めて彼女の頭からつま先を見下ろす。
背格好はほぼ同じ。手足の長さも肌の色も、ぱっと見では違いはわからない。
しかしよくよく見ればミキのほうが髪が長い。誤差ではなくはっきりとわかるぐらいには。
俺はともかく毎日見ている連中は、見間違えないのではと思う。
双子のはずがない、という思い込みのせいもある。
人の記憶なんてあいまいなものだ。なんせ親父の顔すら忘れそうになっている俺だ。髪の長さぐらい簡単に補正するだろう。
なんにせよ、おぼろげにずっと感じていた違和感がとけた。
ユキとミキは、両方存在したらしい。
「そういうことか……」
「ふふ、私もなんかヘンだと思った。へえ~……ってことは、星くんユキと仲いいんだ?」
「いやよくはない」
「でもあの子と勘違いしてたんでしょ? それでさっきのあの感じってことは……少なくとも私よりは仲いいでしょ?」
やや理屈っぽく問い詰めてくる。ここはユキと趣が違う。
仲がいいかどうかは置いておいて、距離が近いという意味では間違いではない。
「ユキとどういう関係? なんで知りあったの?」
「めっちゃ聞いてくるじゃん」
「え~だってすごい興味ある」
俺はふたたびチャリを押して歩き出す。
やけに楽しそうだが、彼女はそのユキのことをどこまで知っているのだろうか。
それによっては口にできる範囲は限られる。もちろんこっちは便所で謎の集会のような真似はしてないだろう。ユキが俺のことを彼女に話した様子はみじんもない。
「ミキ、おはよー!」
ミキを挟んだ向こう側から高い声がした。
見るからに元気そうなショートヘアの女子が近寄ってくる。
「うぃーす」
それと一緒に線の細い男子がひっついてきた。気だるそうな態度。
ちなみにこの方々は俺とは知り合いでもなんでもない。他人と話しているところに割り込んでくるのはマナー違反ではと思う。いや知らんけど。
「ほらユウト、ミキに聞いてみなよ」
「いや、でもさー」
「は~? なに急に恥ずかしがってんの?」
俺そっちのけで盛り上がり始めた。青春っぽい波動を感じる。なんだかキラキラしていて直視するのがきつい。
「タチバナさん、おはよう!」
また別の男子が寄ってきた。
声がでかい上にガタイもいい。
「朝からうるせーよヒロシ。てかあたしらにはあいさつなしかよ」
「いらんやろお前らには」
俺にもあいさつなしかよ、と入っていこうかと思ったがやめた。
俺とミキの間に体を差し込ませたヒロシくんは、一瞬だけ視線をよこした。
身長も体格も向こうが上。人を見下したような目だった。どけよチビ、とでも言っているようだった。
こういうとき以前の俺なら以下略。とにかく学習した。
自転車のハンドルの向きを傾けて、こっそりフェードアウトする。誰に引き止められることもなく、そのまま駐輪場へ向かった。
チャリを止めて、カゴからカバンを引き上げる。中で携帯が振動しているのに気づいた。
取り出してみると、アプリが着信の通知を示していた。相手はYukiだった。
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