第3話


 久しぶりの登校は少しだけ緊張していた。

 俺といえばこの前そこそこの騒ぎを起こした身だ。噂が回り回って、それなりの有名人になっているかもしれない。


 そんな人間が久方ぶりに姿を現せば、いっせいに後ろゆびさされるのではないか? 黄色い声援を浴びるのではないか? ファンレターもらうのではないか? 


 応対を頭の中でシミュレーションしながら、自転車を校門の前までこぎつけた。生徒たちの群れは、流れるように校舎へ吸い込まれていく。誰一人俺のことに注意を払う人間はいなかった。俺はただのモブ同然だった。 


 学校の敷地内では自転車を降りなければならないという謎ルールがある。俺は基本そんなルールはガン無視しているが、停学明け一発目から教師に目をつけられるような真似は避けるべきだ。というか俺は心を入れ替えた。チャリのハンドルを押しながら歩いていると、横合いから声がした。


「あら? あらら?」


 女子生徒が首をかしげながら、俺の顔をのぞきこんできた。

 

「やっぱりそうだ、昨日の」


 人の顔を指さしてくる。

 誰かと思えば昨日の女だった。学園のお姫さま。

 朝の光にさらされると、肌の白さがよりいっそう目立つ。体の線の細さが浮き彫りになる。けれど個人的にはやはり、目のふちのあざが気になる。

 

「ねえねえ、先生にチクった?」

「チクってねえよ」

「わぁ、えらいえら~い」


 笑みを浮かべながら、俺の頭に手を伸ばしてきた。とっさに手で払おうとしたが両手はハンドルでふさがっているので、首を振って払う。

 わざと嫌そうな視線を返してやるが、向こうはどこ吹く風。勝手に足並みを合わせてくる。

  

「自転車なんだ。家遠いの?」

「あのさ、やめたほうがいいと思うぞ。まじで」

「なにを?」

「なにをって……」


 この女が具体的に何をしているかまでは知らない。知りたくもない。

 けれどいわゆる先生にチクられたら困る、ことなのは間違いない。


「なにがどうなって、あんなとこで集まってんだよ」

「あぁ、あれ? いたでしょ、デブのメガネ。あいつに盗撮されそうになったの。捕まえて、問い詰めてくうちにああなった」

「いやなんでそうなる?」


 彼女の胸ポケットに入っていた千円札を思い出す。こっそり胸元に視線を走らせるが、もちろん今は入っていない。

 要するにそれをネタに揺すって金を取っているのだろうか。荒手のカツアゲ……とも違う気がする。

 

「なんか、金が絡んでるみたいだし……そのうち痛い目にあってもしらねえよ?」

「あのね、わたしが要求したわけじゃなくて、あのひとたちは自分からすすんでお金を払ってるの」

「自分から金払うって、そんなバカな」

「ネットで投げ銭とかしてもらってるの、あれだってやってることは同じでしょ?」

「にしては、ずいぶんいかがわしそうだったが?」

「わたしはただしゃべってただけだけど? 勝手にきみが乱入してきたんでしょ?」

「あの男どもはそうでもなさそうだったけど。スカートのぞかれてなかった?」

「ふぅん? 男子ってそんなにパンツみたいの? きみも?」


 唇の端を持ち上げた。挑発するような目つき。


「いや話そらすなって」

「見られたとこでスカートの下にパンツ直穿きとかしてないけどね。ていうかきみちょっと生意気。一年だよね? 先輩にそういう口きいていいと思ってるの?」

「そこで言う? 先輩とか後輩とか」


 タメ口はまずいかもしれないが、俺が生意気なのは今に始まったことじゃない。

 敬うべき先輩とやらはすぐに気を取り直したように笑った。


「ま、いいや。黙っててくれるよね?」

「しつこいな、誰に言うんだよ」

「それかきみも入会する? 基本メンバーの紹介って形なんだけど、特別に入れてあげてもいいよ?」

 

 体が半歩ぶん近づいてきた。甘い花のような香りが鼻につく。耳元にささやきかける声がした。


「きょうの放課後、同じとこでまたやるから……よかったら来てね」 

 

 彼女は片目をぱちりとまたたかせると、手をひらひらと振って、昇降口の方へ向かっていった。リアルでウインクしてくるやつ初めて見た。自分をアイドルかなにかと勘違いしているのかもしれない。

 

 にしてもずいぶんアナログなやり方だ。みんなこぞってSNSという時代に全力で逆行している。いやそっちでも繋がってるのかもしれないが。

 不特定多数に流れ出さないという意味では、逆に安全とも言えるのか。

 どのみち君子危うきに近寄らずだ。

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