35. 赤嶺健二による赤嶺健二の救済
だから俺は甲斐に自分の意見を古庄へぶつけてほしいと思っているし、それで壊れる関係なら最初から友達じゃなかったと思っている。
一方で甲斐はようやくできた友人関係を壊したくなくて、中学時代のトラウマも相まってとにかく波風立てないようにしている。
そもそもこれって俺にどうこうできる話なのか?
友達がいないどころか3年近くほとんどの人間と関わることを避けていた俺が今更こんな複雑な問題に外野からうまくアドバイスができるとは思えない。
「だからって止めるのは違うよな」
椎菜先輩が背中を押してくれた。
この選択がたとえ間違っていたとしても他人に理由を求めて
答えが簡単に出る話ではないことは重々承知。
それ以前に俺は多分、甲斐と古庄の今の関係性を正確に認識できていない。
だから翌日から俺は2人の観察を始めた。
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それから1週間、俺は今まで自分がどれだけ世界に関心を持っていなかったか痛感していた。
知ろうとするだけで世界は結構変わって見える。
俺自身が、変わって見える様になったこの世界に対して何かアプローチをかけるかといえば、それはまた先の話だろう。
今は甲斐のことを優先したい。
わかったことは2つ。
1つ目は案外2人の関係性は悪いものではなさそうということ。
古庄が目立つ時は大抵何かやらかしたり
昼休みなんかに会話している内容を盗み聞きした限りでは、
問題は何かしらの原因で不機嫌になった時だ。そうなると古庄の友達は
多分、外から見ているだけじゃわからない古庄の良さというのがいくらでもあって、甲斐はそういうところを知っている。だからあんなことがあっても友達でい続けたいと思えるんだ。
そこは甲斐の見る目を信じよう。
2つ目は甲斐が遠慮して何も言えないことを古庄がうまく利用しているように見えること。
こちらは見ていて
特に宿題を写させてもらうというのは古庄の中で常態化してきている。断らない甲斐も甲斐ではあるが、それにしたって毎朝プリントを写させてほしいと頼む古庄の顔には
最近では悪びれるそぶりも無くなってきたし、古庄グループの他のメンバーも写させてほしいと頼むようになってきた。
それでグループが
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結局うまいやり方は思いつかなかった。
甲斐に今更何かを言っても変わらないと思う。それに甲斐に対してどうこう言うのは結局問題提起だけして解決を甲斐に丸投げすることになりそうで、今の俺はそれを選びたくなかった。
では古庄に声をかけるのかといえばそれはそれで難しい。突然、無関係の空気みたいなクラスメイトが甲斐を
だから行動は俺が個人的に古庄に対して起こす必要がある。
御手洗だったらスマートな解決方法を導くのだろうか。そもそも俺の交友関係がゼロなのが問題で、友達が数人でもいればもっと打開策はあったのだろうか。自分から捨てておいて今更無い物ねだりをしても仕方ない。
たった1つだけ、全く
そして俺はそれを今から実行に移そうとしている。
朝のホームルームが始まる前の教室。皆が思い思いに時間を過ごす中、俺は甲斐がやって来るのを待った。
心臓が大きく脈を打つ。
本当にこれで良いのか? 頭の中で何度も自問自答する。
一時のテンションに身を
そう、これからやることは全て俺自身のための行動だ。そしてその責任は当然俺にある。
甲斐が教室にやってきた。
いつも通りの流れなら、席に着くと同時に古庄が適当な理由をつけて甲斐に宿題をせびる。
「おはよー、真希奈。ねえ、ちょっと昨日宿題するの忘れちゃってさ、また写させてもらえないかな?」
ここまでは想定通り。
「私たちもお願い!」
甲斐を取り囲むように他のメンバーも集まってくる。みんな甲斐が来るのを待っていたんじゃなくて宿題が来るのを待っていた。そう思える光景だった。
そこに甲斐の笑顔はない。
だから俺は震える手を机に叩きつけて勢いよく立ち上がった。
椅子が
「毎日毎日、いい加減にしろよ!」
思ったよりも声が出なかったが、教室中の注目が集まったような気がする。実際はそんなことなかったのかもしれないけど古庄一派の視線は確実に俺へ集まっている。それだけで今にも倒れそうだった。そんな中、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で甲斐も俺を見ていた。
「は? 何?」
「いつもいつも宿題写してってうるさいんだよ。自分でやれよ。寄ってたかって見ててムカつくんだよ」
「それってあんたに何か関係あるわけ?」
古庄の言う通り、俺には何も関係ない。ただ気に食わないから勝手に首を突っ込んでるだけ。
「関係はない。けど見ていて不快なものに口を出す権利くらいはあるだろ。お前らみんなして甲斐のことを解答製造機みたいに扱ってさ、えっと、かわいそうだろ」
事前に色々と話す内容は決めていたはずなのに、いざ言葉にし始めるとそのほとんどがどこかへ飛んでいった。そこで出てくる
「うちらの友達同士の話に何しゃしゃり出てんの? 気持ち悪いんだけど」
「気持ち悪いのは普段友達づらしながらこう言う時だけ利用するお前らだろ。甲斐の気持ち考えたことあんのかよ?」
「じゃあ何よ。あんたは真希奈の気持ちがわかるっていうの?」
「そんなの知らねえよ。でも甲斐は古庄が行きたい大学あるから勉強してるって言ってて、その手伝いをしたいって話してた。それをこんな宿題1つまともにできないで写させてもらおうなんて、甲斐に対する裏切りだろ!」
思わず口走る。甲斐との関係性がわかるような発言はしない。これも最初に決めていたことなのに結局やってしまった。
古庄も思いがけない言葉に動揺しているのか、先ほどまでの勢いは完全に失われていた。
「こんなものがあるから」
対する俺はもう止まれない。甲斐が取り出していた解答済みのプリントを手に取ってビリビリに引きちぎる。
「え?」
「ちょっ」
「は?」
これには甲斐を含めて驚きのあまり間の抜けた声を出していた。
「どうせ宿題やるなら、みんなで力合わせてやってみろよ」
俺はこの時のために埋めずに取っておいた俺の分の宿題を甲斐の机に叩きつけた。
作戦はこれでおしまい。
甲斐の宿題を
しかも原因が隣の席の突然キレた根暗野郎とくれば誰も甲斐を責められない。それどころか俺という共通の敵を手に入れることで、甲斐を含めた古庄たちの団結は深まる可能性すらある。甲斐はそれに乗っかる様なやつじゃないだろうけど。
我ながら穴だらけのなんとも微妙な作戦だった。
そしてそんなみすぼらしい作戦が終わると、
ホームルーム開始のチャイムを背中で聞きながら俺は学校を飛び出し、すぐ近くの我が家に帰り着いた。
やってしまったことへの高揚感は家へ着く頃にはほとんど消えていて、残ったのは明日以降の学校に対する絶望感ばかりだった。
それでも後悔はほとんど無い。
俺は俺がやりたいことを初めて俺の意思で実行できたのだ。
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