27. 君が見ている世界と私

 映画を見て気分が晴れなかったのはこれが2度目だ。

 1度目は中学2年生の時。その時も今みたいに映画が終わってもしばらく、まるで余韻よいんを最後までみしめているように立ち上がることができなかった。明るくなった場内と何も映っていないスクリーン、誰も座っていない座席はあの日と変わらない。

 あの日見た映画の内容は何ひとつ覚えていないが、あの日の出来事は今も昨日のことのように思い出せる。



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 野球部に居づらくなって部活を辞めたのは夏休みの終わり頃だった。

 最初は退部したことを親に言い出せなくて、練習に行くふりをしてゲーセンとかで時間をつぶしていた。何かしていないと考え込んでおかしくなりそうだったから、とにかく没頭ぼっとうできるものを探していた気がする。

 そんなある日、海外で大ヒットした映画の国内上映が始まるというニュースを聞いて、なけなしの小遣い片手に実家から2時間かけて映画を見に街まで出た。

 

 そこで見た映画がこれでもかというくらい退屈で、時間も金も全てドブに捨てたような最低な気分になった。

 それなのに、公開日で満員だった観客たちは口々にその作品もめそやし、感動の涙を流し、満面の笑みを浮かべ、エンドロールでは拍手喝采かっさいだった。

 その反応ひとつひとつが、こ作品を受け入れられなかった俺のことを否定しているようで辛かった。この作品を否定的にとらえるあなたは間違っていて、そんな感性や生き方だから今だって1人あぶれてしまっているんだと突きつけられているようだった。


 だからそんな群衆ぐんしゅうに混じって映画館を出ることがひどく気持ち悪く思えて、人がいなくなるまでずっと微動びどうだにしなかった。


 そんな俺に声をかけてきた少女がいた。

「ねえ君、帰らないの?」


 それが椎菜しいな先輩との出会いだ。


「いや、そろそろ帰ろうと思います」

「そっか。最後まで余韻に浸ってたみたいだけど、そんなにこの映画面白かった?」

 その問いかけはどこか引っかかる物言ものいいで、もしかしたらこの人なら俺の気持ちをわかってくれるんじゃないか、そう思えた。

「正直、今まで見た中で1番つまらなかったです」


 その言葉を聞いた時の椎菜先輩の笑顔は今も忘れられない。

「そっかそっか。君、すごく正直者だね。でもあれくらいで1番ってことは今まで随分ずいぶんと面白い作品とだけ出会ってきたみたいだね」

「世の中もっとつまらない作品もあるんですか?」

「まあこういうのはその作品と観る人との相性だから、誰かにとっての名作も私たちにとっては駄作ださくだし、その逆も十分あるね」

「私たち?」

「うん。私もこの作品、嫌いだったから」

 つまらないことと嫌いなことは必ずしも一致しないとは思ったが、俺はこの人に興味がいた。


「よかったらお茶しようよ。さっきの映画、君がどう感じたか教えてほしいな」

 だから願ってもない誘いを二つ返事で承諾した。


「自己紹介がまだだったね。私は三重野みえの椎菜しいな。中学3年だよ」

「俺は赤嶺あかみね健二けんじです。中学2年です」

 この人は最初から俺にタメ口だったが、俺が年下だとわかっていたのだろうか。

「高校生っぽくはないから同級生かなって思ってたけど2年生なんだね。じゃあお姉さんが一杯ご馳走ちそうしちゃうよ」

「いや、それは悪いですよ」

「いいのいいの。私が誘ったんだし。さ、行こう!」


 チェーン店のカフェに入って席を確保し、レジへ向かう。田舎育ちの俺にとっては初めてで緊張もしたが、椎菜先輩は慣れた様子で注文をしていた。

「健二くんは何飲む?」

「じゃあ同じので」

「おっけー」


 椎菜先輩からトレイを受け取って席につく。

 それから映画の感想もとい悪口を言ったり、慣れないコーヒーに顔をゆがませた俺を見て笑ったり、椎菜先輩はとても楽しそうだった。俺も話していくうちに段々とテンションが上がって、嫌なことも忘れられた。


「それにしても休みの日に1人映画なんて健二くんは大人だねー」

「三重野さんだって一緒じゃないですか」

「椎菜で良いよ。まあ私、あんまり友達多い方じゃないから」

「じゃあ……椎菜さんで。そんな風には見えないですけどね」

「ううん。そんなことあるんだよ。私ってこう見えて結構変わり者だから」

「それはなんとなくわかります」

「ちょっと失礼じゃない!?」

「すみません、ふざけすぎました」


 俺も椎菜先輩も笑顔だ。

 椎菜先輩との会話が俺にとって久しぶりの会話だった。ここ最近は無視されるか、適当にあしらわれるか、げ足を取ってネタにされるか、そんなのばかりだったから。


「まあ、そういう変わったところを受け入れられないって子が多いんだろうね」

「そういうものですか……」

「そっ。でもそれは私も良くなかったんだよ。変なものをありのまま見せても受け入れられるはずがない。だって受け入れられないから変って言われるんだもの」

「だからって椎菜さんが周りに合わせなきゃダメなんですか?」

「コミュニケーションは双方そうほうに責任があるからね。私が一方的に変を押し付けて引かれたのは私の責任だよ。だからこそ、見せ方を考えることにしたんだ」

「見せ方?」


「そう。例えば不思議ふしぎちゃんって呼ばれるような子の発言って一歩間違えば空気読めないなーって思わない? 真面目な子は融通ゆうづうが利かないとか、元気がある子は鬱陶うっとおしいとか。その人がその姿を見せるタイミングや相手の受け取り方でおなじものでもちがうとらえかたをされちゃう。だから私の変な人って印象も見せ方次第では底が知れないとか、天才肌とか、同じことなのに勝手に勘違いしてくれると思うんだよ」


「確かに、そんな気がします」

 椎菜先輩の言葉全てを理解できたわけではない。だが、正しいように聞こえた。

 それにしても自分のことを天才に見せるだなんて、この人はとんでもないことを言う。

「都合よく勘違いさせて、そういう人だって許される環境を作る。そこで好きなだけ暴れるってわけ」

「暴れるって言い方が物騒ぶっそうですね」

「君だってそういう不満があるんじゃないの?」

「それは……」

 俺はこの人になら話しても良いと思っていた。

 いや、話したいとさえ感じていた。

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