28. 私が君に見せた私

 俺はこの夏に起きた出来事の一部始終いちぶしじゅうと、今置かれている状況を椎菜しいな先輩へ正直に話した。

 椎菜先輩は先ほどまでのように茶化ちゃかすことなく、時折うなずきながら最後まで話を聞いてくれた。


「なるほど……健二けんじくんが置かれている状況は理解したよ。とても辛いでしょうに話してくれてありがとう」

「いえ、こちらこそ聞いてくださってありがとうございます。それで俺はどうすれば椎菜さんみたいに上手く見せられるでしょうか?」


 椎菜先輩は腕を組んでうーんとうなりながら目をつぶる。これももしかしたら今まさに考えているよということを俺に伝えるための1つの見せ方だったのかもしれない。


「見せ方って話だと、健二くんは今の状況をどう変えたくてどんな見られ方をしたいのかな? もしくは私みたいに悪く見えちゃうポイントがあってそれを良く見せたいとか?」

 椎菜先輩のそれらしいアイデアに釣られて安易あんいに相談してみたが、これはなんでも都合良く進めるための魔法の手段ではないということに彼女の言葉で気がついた。

 俺も椎菜先輩をまねして腕を組んで考えてみる。


 俺は、俺を否定する人間にどう見られたいのだろうか。


 "そいつ"や野球部のあいつらが、俺の見せ方を変えた途端に都合良く解釈かいしゃくしてり寄ってきたらそれは間違いなく不愉快だ。

 そこにたとえ謝罪があったとしても、一度起こった出来事は消えない。

 "そいつ"が俺を身代わりにして攻撃の対象から逃げたことも。野球部の連中が当初の言い分もそっちのけで、1番攻撃しやすい理由を持ってる俺に嫌がらせをしてきたことも。どちらも消えないし許す気はない。


 だったら俺は今、何を望むんだ?


「俺は……あいつらにどう思われようが関係ないのかもしれないです。俺の見え方が変わった途端に態度変えられても無理というか」

「ふふっ。君は強いね。でも、だったら今のままで何も変えなくても良いんじゃない?」


 でもそれは嫌だった。このまま嫌がらせを受けるのも、あいつらがなんの罰も無く生きるのも。

「とりあえず、現状の嫌がらせを受けている環境は変えたいですかね。できることなら完全に|縁《

えん》を切りたい。あと、あいつらにバチが当たって欲しい」

 椎菜先輩はまた考えるそぶりを見せたかと思えばすぐに人差し指をピンと立ててひらめいたと体で示した。


「それならこういう案はどうだろう。君はこれから死ぬ気で勉強をしてみる。それでくだらないことに精を出すご学友たちが逆立ちしたって入れない高校に進学するんだ。そうすればとりあえず、縁は切れそうじゃない?」

「俺、かなり成績悪いですよ」

「それで折れる程度ならそんなに切りたい縁じゃなかったってことだね。それに、2年生の夏から受験を見据みすえるなんて大学受験を控えた高校生だってやりはしない。となれば高校受験においてこの夏からの頑張りというのは相当なアドバンテージになる。そうでしょ?」


 椎菜先輩の言葉は不思議だ。彼女の発言はいつも正しいように聞こえるし、俺にもできるんじゃないかと思わせてくれた。

「それじゃあ、やってみようかな。でも卒業までの期間はどうするんですか?」

「そいつらが健二くんに嫌がらせをするのって、健二くんが自分たちの邪魔をしてきたことにむかついてるからでしょ? だったら健二くんに嫌がらせをしてもむかつきが晴れないって思わせられればいいんじゃないかな?」

「見せ方ってやつですね」

「理解が早くて助かるよ。健二くんは勉強すればきっと伸びるよ」

「ありがとうございます」

 こんな子供だましみたいなめ言葉でも素直に嬉しかった。


「さて、具体的な見せ方だけど、こればかりは1つの正解があるわけじゃないから難しいね。例えばひたすら無視をするっていうのはありがちな手だけど、それで相手が逆に苛立いらだちを強める可能性もある。ひたすら大人を頼って助けてもらうってのも相手からしたら面倒くさいだろうけど、誰もいないところで余計ひどい攻撃を受けかねない。君がそうだったように、誰かに君の身代わりになってもらうってのは流石に嫌だろう?」

「“そいつ”と同じレベルに落ちたくはないですね」

「それでこそ私が見込んだ通りの男の子だね。でもどうしたものかなー」


 これについては1つアイデアがあった。

「とりあえず接触をけようと思います。クラスが一緒のやつもいますけど授業の合間あいまにまで何か仕掛けられたことはないですし、放課後はあいつら部活があるんで。昼休みさえ我慢すればなんとかなるんじゃないかなって」

「それだと君がいない間にモノに当たられる可能性もあるんじゃないかな? 机やノートに落書きとか下駄箱の靴にゴミを入れられるとか。その辺りは大丈夫そう?」

 椎菜先輩はこれまでと打って変わって不安そうに問いかける。彼女にはそういう経験があったのかもしれない。


「多分大丈夫だと思います。こんなくだらない奴らですけど野球には熱心なんで、問題にされるような証拠を残したくないんだと思います。そういう形に残るようなことはこれまでもなかったですし」

「健二くんがいいなら試してみるといいよ。私は側にいないから何もしてあげられないけど、本当に危険になったらいくらでも逃げていいだからね。それだけは忘れないで」

「何から何までありがとうございます。でもきっと大丈夫ですよ」

 そう思えたのは椎菜先輩と話していたからだ。不思議な話だが、つい数時間前にあったこの人がすでにこの世で1番信頼できる人とさえ感じられた。

 俺は自分が思うよりチョロくてだまされやすいのかもしれない。


「それじゃあ今度は高校に入ってからのことを考えよう」

「えっ?」

「だって中学を乗り越えて賢い高校に入って、それはゴールじゃないんだよ。むしろ健二くんが素晴らしい学校生活を送るためのスタート地点なわけ。だからその先にある薔薇ばら色の学園生活を考えれば辛い時間だってもっと耐えられるようになるでしょ?」

「薔薇色ってそんな」

「高校入学まで1年半も時間があるんだ。いくらだって準備できるよ」

「でもそんなことまで、悪いですよ」

「まあ遠慮する相手に無理強いするのも良くないか」


 この人がなぜここまで俺に親身になってくれるのか。それが1番の疑問だ。

 きっかけは映画の悪口を言う相手でしかなかったはずだ。


 声かけについてきてくれた俺に対するお礼?

 はみ出しものという似た境遇きょうぐうにある俺への同情?

 単純にめちゃくちゃいい人で困っている人は放っておけない?


 どれも正解な気がしたし、どれも違う気もした。

 きっとどれか1つ決まりきった正解はないのだろう。

 だからもっと知りたくなった。


「すみません、やっぱりお言葉に甘えてもいいですか?」

 椎菜先輩は満足そうに笑った。

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