14. 話題なし、きっかけあり

『今日もありがとう!

 これからもよろしくお願いします』


 風呂上がりにスマホを開くと2時間前のメッセージがうつし出された。

 明日になってまた無視されたと言われても困るから、俺は短文のメッセージを送り返す。


 普段だれかと連絡を取る習慣しゅうかんがない俺はたった1つの返信ただそれだけで精神的に疲弊ひへいした気分になる。それだけじゃない。昨日も今日も普段からは考えられないくらい会話をしたし、考え事もした。

 この調子で毎日甲斐かいの相手をしていたらそのうちパンクしてしまいそうだ。


 直後、甲斐からまたメッセージが届いた。絵文字だけだったのでそのまま無視しようかと思ったが、気乗りしない指を動かしてなんとか返信を送る。


『明日明後日は話題探しに専念せんねんしよう。きっかけはこちらで考えとくから次回は金曜日で』


 スマホをベッドに放り投げると俺はヘッドホンを耳につけてゲームを始めた。マナーモードのスマホがふるえたかどうかはもうわからない。


 翌朝、目覚めざましがわりにしているスマホのアラームついでに確認した返信はとても簡素かんそなもので、身構えていた分肩透かたすかしを食らった気になった。



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「おじゃまします」

 金曜日の放課後、約束通り甲斐は文芸部の部室へやってきた。相変わらず扉の立て付けは悪いが、今回は甲斐も1人で入ってこられた。


「それで、話題になりそうな話は聞けたの?」

「もちろんだよ。赤嶺あかみねくんが言ってた通り、古庄こしょうさんの話し声って大きいから意識しちゃったらすごく耳に入ってきちゃった」

 そう話しながら甲斐は前回同様椎菜しいな先輩の椅子いすに座る。

「そうだろうね。それでどんな話ができそうなのさ」

「えーっとね……今SNSで何が流行はやってるとか、今クールやってるドラマの話とか、アイドルの新曲とか、そういうのが多かったよ」

「甲斐さんもそういうの見たり聞いたりするの意外だね」


「えっ?」

「えっ?」

 俺たちはおどろいた表情でお互いの顔を見つめ合う。


「だって共通の話題で盛り上がろうって話じゃなかったの?」

「ううん。どれも知らないことだけど、そういうの教えてもらうって形で話ができるのかと思ってた」

「なるほど」

「でも確かに赤嶺くんのいう通り、共通の話題の方が盛り上がれそうだね」

 甲斐がシュンと落ち込んでしまう。

「いや、甲斐の言うみたいな形で仲良くなるってのも1つの方法だと思うし無駄むだではないんじゃないかな?」

「本当?」

「うん」

 甲斐がホッとしたように微笑ほほえむ。無駄じゃないって思ったのは本当だ。


 ただ、友達とはやっぱり利害が一致する関係だと思う。

 何かを教えてもらうというのは、趣味しゅみの話であれば教える側は共通の話題が通じる相手を増やすという利益が得られるし、教えられる側は新たな知識が得られる。だから甲斐が古庄から何かを教えてもらうというのは俺が提唱ていしょうする友達の定義にも当てはまるだろう。


 しかしそれは永遠ではない。

 教える側が求めるのはその先にある趣味の仲間のはずだ。だとすれば、甲斐は自分がこれまで関心のなかったそういう話題を受け入れなくてはならない。俺には古庄と一緒にそういう話題で盛り上がる甲斐の姿は想像がつかなかった。

 もし、甲斐が古庄の趣味を受け入れられないならば、そのうち利害関係は崩壊ほうかいしてしまう。


 そんなたらればを伝えて話の腰を折るには甲斐の笑顔がまぶしすぎた。

 それにこんなことまで管理して責任を持たなきゃいけない話じゃないし、甲斐の趣味をどうこう断定できるほど彼女についてくわしいわけでもない。

 だからとりあえずは、甲斐が話題を広げられることに期待してみることにした。


「街に新しいカフェができたって」

「へ?」

「古庄たちが話してたから甲斐も行ってみたらどう?」

「古庄さんたちと?」

「それができれば苦労ないんじゃない? とりあえず先に行っておけばどんな雰囲気だったかとかで話のネタにできるし、良さそうなとこならその流れで遊びに誘うきっかけになるかもってこと」

「赤嶺くん天才?」

 そういう純粋じゅんすいな視線は反応に困る。


「ていうか、赤嶺くんも古庄さんの話聞いてたんだね」

「あれだけ声がでかいとな」

 甲斐がどれだけ話題を仕入れられるか不安だったのもあるが、古庄の声がよく通るものだから勝手に耳に入ってきたのだ。


「ありがとうね。じゃあ今週末そのカフェ行ってみようかな。赤嶺くんも来る?」

 こんなにも自然な流れでさそわれたら思わずうなずきそうになる。甲斐がコミュニケーションを苦手とするぼっちだってことが信じられなくなってきた。

「行かないよ。それこそ古庄たちにはち合わせたら困るし」

「そっか、そうだよね。無理言ってごめんね」

 毎回こんなふうに悲しそうな顔をされると俺も心が痛い。甲斐には俺のことをもっと理解してもらいたいものだ。最初から誘わなければ断られる悲しさも生まれないのだから。


「それと、赤嶺くん頼りになっちゃってて申し訳ないんだけど、きっかけの方って何か思いついた?」

「ああ、それなんだけど」

 思いついているアイデアは1つだけある。ただ、それを甲斐が納得して実行してくれる気がしなかった。

 だから俺は甲斐に了承りょうしょうを得ずに実行しようと考えている。きっかけがつかめずにあれこれ悩まされ続けるのはまっぴらごめんだ。甲斐に1日でも早く友達ができることは俺の平穏へいおんを取り戻すことに他ならないのだから。


「何個か良さそうなアイデアはあるんだけど、まだどれも形になりきってなくてさ。申し訳ないんだけど週明けまで待ってもらえないかな?」

「ううん、全然。むしろ私が考えなきゃだから、そのアイデア教えてもらえないかな? 私も一緒に考えるよ」

「いや、まだ話せるレベルではないから、甲斐は甲斐で考えてもらって月曜日に報告しあう形にしよう」

「そっか。うん、了解」



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 土曜日の夜、スマホを見ていたら甲斐から連絡が届いていた。


『教えてもらったカフェ、早速行ってみたよ!

 すっごくオシャレで緊張した……!』


 続けてコーヒーとショートケーキの画像が送られてくる。


『こういうのがえってやつなのかな?

 普段こういう写真撮らないから上手く撮れない……』


 確かに、甲斐の写真はうつっている食品こそ美味しそうだったが、画角や色合いがイマイチなせいでSNSで流れてくる画像に比べるとどこか物足りなく見えた。


 ただ、甲斐が昨日の今日で、しかも1人でカフェに行っていることから、本気で友達を作りたいということがわかって少しだけ嬉しくなった。これだけやる気を出してもらえれば、こちらとしても協力しがいがあるというものだ。


『写真についてはわかんないけど、美味しそうだと思う』


 甲斐から喜んでいる猫のスタンプが返ってくる。


 その流れで甲斐にきっかけをあげることにした。

 だまって実行にうつすのはどこか後ろめたさもあったが、これで甲斐が友達を作るきっかけになるならばやるべきだろう。

 俺は金曜日よりも前向きな気持ちで行動することを決意した。


『ところで、月曜日の2限が英語から数学に変わったの聞いてた?』


『え? 何それ、知らない』


『だと思った。休み明け気をつけて』


 こうして俺は甲斐に嘘の授業変更を伝えた。

 これで甲斐は俺にだまされる形で教科書を忘れてくる。

 隣の席の古庄とのきっかけとしては十分なはずだ。

 俺は甲斐の返事を待たずにベッドへスマホを投げ捨てた。

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