13. 友達を作ろう!

 トントントン。ひかえめにとびらが3回ノックされる。

 俺は本を閉じて机に置くと、どうぞと言いながら席を立った。この部室の扉は立て付けが悪すぎてコツを知らないとうまく開かない。

 案の定、数センチだけ開いた扉から甲斐かいが半分だけ顔をのぞかせた。


「今開けるから」

 俺が扉に近づくと甲斐は一歩下がってそれを見守った。

 ギシギシときしみながらなんとか体1つ分だけ扉を開けると、甲斐を中へまねいた。


「いいの?」

「え?」

「だって今朝けさ、私のこと無視してたから……」

 やっぱり無視したと思われていたのか。


「ちゃんと目線で返事したよ」

「そんなのわかんないし、私結構けっこう傷ついたんだよ。ここに来てもいいのかも自信無くなって……」

「それはごめんだけど、まさかいきなり挨拶あいさつされるなんて思わなくて。かばんを下ろす動作を見間違えたのかな、とか」

「えーっと、それはちょっと恥ずかしいのもあって……」

「だったら無理しなくていいのに」

 むしろ教室では無視してくれて良い。


「でも友達……じゃないとしても、知り合いに会ったら挨拶くらいするものでしょ? 何もなしだとむしろ私が無視したみたいになりそうでそれも嫌だから……」

 だったらクラスメイトもみんな知り合いじゃないのか? わざわざ友達という言葉を否定したのは昨日首を横に振った俺への当て付けだろうか。甲斐のことだから気遣きづかいの可能性もある。

 だからそんな言葉たちをわざわざ声に出すことはしなかった。

「俺も甲斐さんと一緒で恥ずかしいんだよ。それに突然甲斐さんと俺が挨拶するなかになったらクラスで目立っちゃうだろ。俺は静かに過ごしたいから教室では今まで通り接してくれると助かるよ」

 甲斐は小さくうなずいてくれた。


「立ち話もアレだし座ろうよ」

 俺が自分の椅子に座るのに合わせて甲斐も椎菜しいな先輩の椅子に腰をかけた。

「部員の人たちはいないの?」

「みんな6時前には帰っちゃうんだよ。ここなら他の部活生も来ないし、図書室よりも人目につかないから安心して」

「そうなんだ」

 甲斐は落ち着かなさそうに部室をキョロキョロと見回している。


「それで友達を作る方法なんだけど、どうすればいいの?」

 一通り部室の観察かんさつが済んだのか、今度は恥ずかしそうに目線を自分の机まで落として足をパタパタさせながら甲斐がたずねる。

「まあ、まずは会話するきっかけ作りじゃない? それから会話の機会を増やして行って気がついたら友達でしたって感じで」

「それができたら苦労しないよ。今更きっかけなんてないし……」

「俺だって友達作りのプロじゃないんだから、そこはあまり期待されすぎても辛いかな」

 昨日のやり取りを経て、俺もいくつか案を考えてみた。しかし漠然ばくぜんとしたアイデアしか思いつかなかった。甲斐が勝手に俺への期待をふくらませているのはなんとかしなくては。


 友達なんてものは本来、お互いが意識せずに気がついたら成立している関係性なのだろう。

 それでも俺は、きっと甲斐も、その難しさを知ってしまったから自然体でなんていられない。否応いやおうなく考えずにはいられない。

 考えなくてはならない以上、とことん知恵をしぼってそれらしい方法を確立していくしかない。それが無意識を失ってしまった俺たちに残された唯一の手段だ。


「考え方を変えてみよう。甲斐さんは友達が欲しいって言ってたけど、友達になれそうだったら誰でもいいの? それとも誰か友達になりたい人がいる?」

「それは……一応、いるよ」

 わずかにほほを赤らめて目線をさらに下げる。甲斐のつむじが見える。

 まるで好きな人を友達に伝えるときのような、うわついた緊張感がただよってきた。

 好きな人を伝えるわけではないし、伝える相手は友達でもないけど。


「……古庄こしょうさん」

 の鳴くような声でげられた名前は俺にとって意外なものだった。


 古庄こしょうかえでは甲斐の右隣に座る女子だ。休み時間なんかは女子同士数人で集まってワーワー騒いでいる印象が強い。正直、俺からすればうるさいというマイナスなイメージが先行している。

 それもあってか真面目な優等生のイメージが抜けきらない甲斐とはアンバランスな感じがした。甲斐もあの女子同士の輪に入りたいんだろうか?


「なんかちょっと意外だな。なんで古庄なの?」

「えーっとね、去年も同じクラスだったんだけど、クラス替えで今の席になった時に『今年も同じクラスだね。よろしくね』って声かけてくれて。私、去年からこんなだからもうほとんど誰からも声かけてもらえなかったのに、それが嬉しくて。でもそこでもちゃんと返事できなかったから、今度はちゃんと返事したいというか……」

「古庄って意外といい奴なんだな」

 古庄と甲斐が4月にそんな会話をしていたことはもちろん知らない。古庄はどちらかというと狭く深いタイプのコミュニティを築くイメージだったから、甲斐にコンタクトを取っていたことがまず意外だ。


「まあ、俺は古庄のことよく知らないからあんまりそれらしいことは言えない気がするけど、隣の席なら話す機会も多いんじゃないの?」

「いや、それが、最初にそんな感じだったからかそれからは特に声かけてもらうこともなくて、全然話す機会とかもないんだよね」

「そこはさ、声かけられ待ちじゃなくてちゃんと自分から話しかけなきゃじゃない?」

「それができたら苦労しないんだよね……」


 結局、甲斐にとっては中学時代のトラウマが根深ねぶかく残っている。話しかけたり、会話の中で自分を出す勇気が欠如けつじょしてしまっているのだ。

「このまま待ってても次の機会は3年生に上がった時のクラス替えになっちゃうでしょ」

「じゃあその時までにどうやって会話を盛り上げるか考えなきゃだね」

「いやいや、今のは冗談だから。どんだけ準備するつもりだよ。それにクラスが一緒になるとも限らないだろ」

「え、あ。そうだよね。うん。私も冗談。ちゃんとやります。はい」


「何かきっかけがあればいいんだけどね」

 甲斐の言う通りだ。コミュニケーション取らざるを得ない状況になれば、流石さすがの彼女もなんとかするだろう。ただ、そう言うきっかけを待つには5月のこの時期は何もなさすぎる。

 体育祭、文化祭、修学旅行といったきっかけになりそうなイベントはうちの学校ではどれも秋に開催される。これから夏休みまでは何のイベントもない代わりえのしない日々が流れる。

 俺としてはそのほうが都合良いのだが……


「きっかけはまた後で考えるとして、話す機会を得たときにどんな会話をするかってのも重要じゃないか?」

「そう! そうなんだよ」

「ってことは何かアイデアが既にある感じ?」

「……それができてたら苦労しないよね」

「流石に無策がすぎるだろ……」

 甲斐が申し訳なさそうに項垂うなだれると、そのまま両手で頭を抱え始めた。頭を抱えたいのはこっちの方だ。


「まあこっちについては、古庄って声でかいし、普段他の人とどんな話してるか聞いとけばなんとなく話題を準備できそうじゃない?」

「なるほど……でも何だかそれって盗み聞きみたいで気持ち悪くないかな?」

「そういうとらえ方もできる。けど相手が自分に興味を持ってくれているってのは悪い気がしないとも言える。大体、聞かれて困ることは教室のど真ん中であんな大声出して話したりしないから、たまたま聞こえちゃったで許されるんじゃない?」

 それに、誰がやるかってのも重要だ。俺みたいにえないモブ男子だったら気味悪がられるだろうが、学年トップの美女が自分に興味を持っているってのは異性同性問わずに悪い気はしないだろう。


「じゃあ、ちょっと控えめに聞いてみるようにするよ」

 俺の言葉に納得しきれていないのか、彼女は控えめという言葉を使った。何をどうすれば控えめになるのかよくわからないが、それで納得するならどうでもいい。


 そこでチャイムが鳴った。完全下校まではまだ30分あるが、本来はここから片付けをして帰る準備をしなくてはならない。

「もうこんな時間か」

「今日もありがとう。明日から頑張ってみるね」

 結局、きっかけ部分については何も決まっていないが、甲斐は一歩前進したことに満足した様子だった。


「俺はちょっと時間ずらして帰るから、甲斐さんはもう帰ってもらっていいよ」

「なんでそんなふうに言うの?」

「言ったでしょ。俺は目立ちたくないんだよ」

「じゃあ本当はこう言うふうに部室にお邪魔するのも迷惑なのかな?」

 甲斐は申し訳なさそうに胸の前で指を合わせる。

「他に誰もいないなら、それは会ってないのと一緒だから」

 甲斐は意味が理解できていない様子で、首を傾げた。


「こういう風な形なら別に大丈夫ってことだよ。ただ、今日は先輩たちと入れ違うのが結構ギリギリだったから明日からはもう少し遅めがいいかも」

「じゃあさ、連絡先教えてよ。それで先輩たちが帰ったタイミングで連絡くれたらここに来るようにするから。そのほうがお互い急用ができた時とかもちょうどいいでしょ?」

「確かに」

 友達のいない俺にとって連絡先を交換するという選択肢せんたくしはそもそも存在していなかった。


 アプリを開く。

 友達一覧には家族と文芸部の2人だけ。文芸部のグループは事務連絡の時くらいしか使わないし、家族とも頻繁ひんぱんなやり取りはない。

「これってどうやって連絡先追加するかわかる?」

「えっとね……どうするんだろ」

 アプリと無縁むえんな俺たちは試行錯誤しこうさくごしてようやくお互いの連絡先を交換した。

 結局俺たちは完全下校のチャイムを聞いてから部室を出ることになった。

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