05. 深い海を漂う
俺の知っている
彼女が選んでそういうキャラクターを選んだのかあるいは
それが
「人の気持ちを理解する方法を私に教えてください」
この質問を俺に投げかける時点で、人の気持ちが全くわかっていないということがわかった。ついでに、おそらく他人のことをあまり観察していないのだろう。
人の気持ちがわかりそうなクラスメイト投票を開催したならば俺にはただの一票も入らないはずだ。俺がそういう人間ではないことを甲斐以外のクラスメイトは知っている。
それは俺と甲斐が人の気持ちを理解できないと評価されているからではない。例えば中村のようなもっと適任がいることを知っているからだ。だからわざわざ関わりのない、
その意味では、
「よりにもよって俺に聞かれても……」
「赤嶺くんは隣の席だから知ってると思うけど……私、クラスどころか学校のどこにも友達がいないの。だからお願い」
甲斐が腰を45度に曲げて頭を下げる。正確な角度、1秒間の静止、それからぶらすことなく頭を戻す様、それらはやはり機械的に見えた。
「だったら甲斐さんも知っているだろ。俺も同じように友達がいないんだよ」
何が悲しくてこんなことを言わねばならないのか。しかし俺のこれは甲斐と全く性質が異なるものだ。友達を作れないのが甲斐で、友達を作らないのが俺。一緒にされては困る……いや、こんな言い訳を心の中で
「えっと、その……ごめん……」
違いのわからない甲斐は申し訳なさそうに頭を下げた。今度はしょぼしょぼとした様子もあって人間味が感じられる。普段からそうしていれば放って置けない人が声をかけてくれそうなものだ。
「いや、別に謝ることでは」
「今みたいに、私って言わなくていいことを言っちゃったり、人の気持ちがわからなくて不用意に相手を傷つけちゃったりするの。でも気をつけようとすると何を言えばいいかわからなくてそれで結局何も言えなくなって、気づいたら誰とも会話できなくなってたの」
「それなら俺よりももっと
「それは……コミュ力がある人って天然でコミュニケーションが取れるから考え込むタイプの私が参考にするのは難しい気がする」
あの甲斐がコミュ力なんて言葉を使っているのも新鮮だった。しかし、考え込んで選んだのが俺なら考えないほうがマシな可能性すらある。
確かに中村のようなタイプは大して何も考えていないことこそが愛される
「やっぱり……ダメかな? いつも本を読んでいる赤嶺くんなら作者とか本の登場人物の気持ちもわかると思うし、きっとちゃんと考えて気持ちを理解しているんだと思うから……」
これが身から出た
しかし実際のところ俺はあくまで”エセ”文学少年であって、作者の気持ちも作品の登場人物の気持ちも知らない。知っていることがあるとすれば、多くの人が望むであろう答えと、明らかに不正解な答えを見つける方法だ。俺は見つけた答えに合わせて感情も意思もなく望まれる答えをなぞるだけだ。
だけど多分、甲斐が望むのはそんなものじゃないのだろう。
そして彼女が望む答えは俺の中に存在しない。
「本は確かに好きで読んでるけどさ、国語の成績は中の上程度だし国語の成績なら甲斐さんがトップだろ? やっぱり頼む相手を間違ってるよ」
もっとも、本を読んでれば人の気持ちがわかるなんて発想はとても成績トップのものとは思えない。甲斐はテストの成績が良い割にこの辺り抜けているのようだ。
「それをいうなら国語の成績の
「他にも何も今日初めて話した俺を頼れる人にカウントしちゃっていいの?」
「それは……赤嶺くんにはもう知られちゃったから」
つまり俺は偶然甲斐が知り合った唯一の人間で、ランキングの対象が俺1人ならどんな時だって俺が1番になれるわけだ。頼れる人ランキングでも、頼れない人ランキングでも……
俺にとって学年トップの美少女と接点ができることに大した意味はない。出る
やはりなんとしてでも断るべきだ。
「あのな、甲斐さん……」
「それにさっき少し赤嶺くんは図書委員の仲間と楽しそうに話してたでしょう? 私もああいうふうに友達とおしゃべりしてみたいの」
あれが仲良さそうに見えるんだとすれば甲斐の友情の定義は案外広いのかもしれない。俺のことももしかしたら既に友達認定してしまっている可能性すらある。
「それでも無理なものは無理だよ」
決定的な言葉を前に甲斐は目を伏せた。俺たちの身長はそう変わらなはずなのに甲斐がずいぶん小さく見える。
「私もこのまま3年間耐えるだけだと思ってた。けど、それでもやっぱり寂しいの」
教室の誰も近づかない席で、図書室の一番奥にぽっかり空いたスペースで、甲斐はどれだけ他人との距離を感じていたのだろう。どれだけ、熱を欲していたのだろう。
遮光カーテンはグラウンドの
孤独の恐怖というのは簡単には
それを知っているから甲斐は孤独を
それを知っているから俺は孤独を
暗い部屋の中で、甲斐の
自分を守るのに必死な俺は、差し伸べる手を持ち合わせていない。それどころか、この深海でひとりぼっちを感じ合うのはもはや限界だった。これ以上言葉を重ねることはできない。
その時ちょうど、完全下校を告げるチャイムが鳴った。
気がついた時には俺は図書準備室からカバンを拾って鍵をかけることも忘れて廊下を駆け出していた。
残した甲斐がどうしたのかはわからない。
とにかく、その孤独から逃れるように、全てをあの場所へ置き去りにするように、全力で走って走って走った。どれだけ早く走っても遠くへ逃げたとしても、甲斐の寂しそうな表情と一筋の
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