03. 図書室ではお静かに
「先輩、時間……大丈夫ですか?」
「ああ、そろそろ行かないとかな」
本当なら委員会の時間まで余裕はあったが、このままここで本を読むのはとても
「それじゃ、私も行きます」
本を
「もう帰るの?」
「いえ、あの、本を借りに図書館へ……えっと、さっきの先輩の本を」
「ああ、そういうことね」
「そ、それじゃあ、私は部室の
部室の前でそれだけ
よほど本の感想を
俺は部室の
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俺はリュックのはす
扉を
彼女たちは自分がどう見られているかが気にならないらしい。
あるいは考えたこともないのか。
「あれは良くないね」
「ああごめん、驚いた?」
後ろに立っている男は俺より少しだけ目線が高く、短く切り揃えた髪をワックスで
「うん……まあ……そうだね」
驚いた? じゃないだろ。音も立てずに人の背後に忍び寄るなんて趣味が悪すぎる。そもそもこいつとはあまり性格が合わないというか、相性が悪い気がする。それも
「本当にごめんね。悪気はないんだ。ちょっと注意してくるよ」
そいつ、
御手洗はいわゆるクラスの人気者だ。部活には属していないが広い交友関係を持っているが、けして誰かに
そういうところがなんとなく嫌いだ。
俺がプリントの左上から右下まで斜めに2往復する頃に女子生徒2人は図書準備室へ入ってきた。
2人はどこかバツが悪そうにこちらを見ることもせず、リュックを背負うと小声で
「まだ交代まで5分あるのに」
俺は
面倒だが仕方ない。2人が出て行ったことを知っていながら時間前だからと
「まだ5分前だからゆっくりしてていいのに」
うるさい図書委員を注意してそのまま仕事を引き継いだであろう御手洗は、まるで自分に
「5分くらいなら誤差だよ」
俺は御手洗の顔を見ることもせずに財津との約束の本をまた開く。
本当に誤差だ。図書委員として貸し出しカウンターに座って本を読むのも、準備室で聞いたこともない本のあらすじを
ならば5分前でも顔を見せた方が御手洗からの
御手洗との会話は続かず、俺は再び本を読み始めた。しかし、場所を変えたところで読んでいる本の内容は変わらない。ページを3つめくったところでまた飽きてついつい顔を上げてしまう。すると本棚の
財津の一部始終を
「彼女?」
「そんなわけないでしょ。部活の後輩だよ」
「そんなわけないことないと思うけど……
いったいどこをどう見たら財津が俺の彼女に見えるのか。ちょっと
「文芸部だよ」
「そっか」
やらかしたか?
教室の
「お客さんだよ」
そう言って御手洗が目で合図した先には財津がいた。
「すみません……お取り込み中でしたか……?」
「ああ、いや、全然。むしろ見ての通り暇だったから大丈夫だよ」
「よかった……」
財津の言葉には心がこもっている気がする。なんとなくそう思う。
「これ、お願いします」
財津が差し出したのは一冊の文庫本で、それは俺のお守り代わりの本と同じタイトルだ。
「本当に借りてくれるんだ」
「もちろんです! 先輩の読んでる本、私も興味があるので……」
心がこもっているからこそ、彼女の言葉は素直に受け取れる。常に演じてその場しのぎ、つぎはぎだらけの言葉しか発しない俺にはもったいない。
彼女の
「俺も財津と感想話せるの楽しみにしてるから」
自然に生まれた半分だけの笑顔を顔全体へ広げていくが、笑顔の面積が広がるたびにどこか作り物じみていく気がした。貸し出し処理を終えて財津に本を渡す頃、俺の表情はすっかりその場で求められる笑顔に変えられてしまっていた。
「それじゃあ、お仕事頑張ってください」
大事そうに本を抱いて図書室を出る財津を俺はぎこちなく見送った。
「文芸部って今の子以外にも部員は多いの?」
あまりに自然と話題を戻すから、御手洗が何の話をしてきたのかすぐには理解できなかった。
「……部員。ああ、部員は今の後輩と先輩が一人ずつで3人だよ」
「そうなんだ。普段はどんな活動してるの?」
多分俺の会話が下手だから、御手洗は色々と話を広げられるように質問をしてくれているのだろう。だけど俺にはそれが尋問を受けているように感じられて、ひどく居心地が悪かった。
「あまり話してるとさっきの後輩を注意した示しがつかないんじゃない?」
つまらない事実
御手洗も納得したように頷いた。
「ごめんな。じゃあここからは真面目にしっかり働くか」
そうは言っても頑張るほどの仕事も真面目に働くような場面もこの空間には存在しない。
ほとんど来ない貸し出し申請への対応と、下校時刻が来たら返却された本を棚に並べ直す作業。ただそれだけだ。
俺は御手洗の言葉に返事はせず、本に再び目を落とした。
それから、やはり無視は感じが悪い気がして首を一度だけ小さく上下させた。
さっきまで読んでいたはずのページなのにその内容は全く記憶になく、数ページ前に戻っても話がつながらない気がした。ようやく見つけた見覚えのあるページは部室を出る前、最後に読んでいたページだった。
これで周囲に文学少年だと思われているのだから面白い。乾いた笑いが出てくる。
俺の演技力がよほど高いのか、周囲の人を見る目が
世界はやはり、
下校時刻までまだ一時間もある。
俺は図書室で過ごした時間を全て無かったことにするように、本のページを戻して読み始めた。
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