02. 文学少女の理想について
普通に考えるなら、
あるいはまだ本心を打ち明けられていないだけで、本当は小説や詩を創作して部活として
いずれにしても俺や椎菜先輩に求めるにはハードルが高すぎる。
俺はエセ文学少年で、本なんてろくに読んでない。むしろ漫画とゲームが大好きだ。
椎菜先輩は本を読まないわけではないだろうけど、どちらかといえば映画派で部活中もスマホで映画ばかり見ている。あれ? なんで椎菜先輩は文芸部に所属しているんだ?
俺は椎菜先輩のことを知っているようで何も知らない気がして不安になった。
ただ、今考えるべき相手は椎菜先輩ではなく財津後輩だ。
求められても答えられないなら、
部室の扉に手をかけると
中では肩より少し長いくらいの髪を左右で三つ
彼女こそ、
財津は扉の音に反応して視線をこちらへ向けた。
「遅くなった。それと邪魔してごめん」
「全然大丈夫……す。ちょうど切りのいいところでしたし。先輩1人だけ……すか?」
彼女の
「ああ。椎菜先輩は塾があるってさ。俺もこの後委員会があるから、ちょっと早めに帰らせてもらうよ」
財津は無言でコクリと頷いた。
きっと椎菜先輩はこれだけじゃ許してくれないのだろう。
ひとまず俺も椅子に座り、お守り代わりの一冊を取り出す。そしていつも通り熱心に読み進めるふりを始めた。いつもと違うのは、本そのものから目を離して財津の方をこっそり見ていることだ。
「あの……先輩……私に何かついてますか?」
まずい、ジロジロ見過ぎた。俺の視線に気がついた財津が恥ずかしがって本で顔を隠しながら、不思議そうに俺の方を見た。
「いや、その、別に見てたわけじゃ……えーと、財津はどんな本読んでるのかな? なんて」
「あっ、えっと、こんな本です」
財津は両手をピンと伸ばすと
「あー、ごめん、知らない作品だ。面白い?」
「はい……面白い……すよ」
財津はそんなに振ったら取れるんじゃないかってくらい懸命に何度も首を縦に振った。
「逆にその、先輩って……どんな本を読ん……すか?」
いつも以上にか細い声を
「俺が読んでるのはこの本」
ブックカバーを外して本の表紙を見せると、財津は少しだけ腰を浮かせて本に顔を近づけた。
珍しく目にした彼女の口元は小さく、うっすらピンク色だった。
読書家でなくても一度は耳にしたことがあるほど有名な俺の本を確認すると、財津はボフッと椅子に腰を下ろした。
「あたし、その本読んだことなくて……読み終わったら貸してもらえませんか……?」
こてりと首を傾げた彼女はやはり小動物的で、
素直に
俺がなかなか回答をしないせいか、財津は
「あの……迷惑だったら……ごめ、すみません……す。えと、あの……」
「いや、違う。全然違くて、財津がこの本を読んでいなかったことが意外だったのと……ほら、この本ボロボロじゃん? 昔から読んでてこんな汚い本、人に貸せないなって思って。財津も嫌だろ? 有名なやつだし図書館にもあるからそっち借りた方がいいよ」
「本当……すか?」
ドタバタとした動きを止めて財津は不安そうに俺を見つめる。
「本当。本当だよ。俺ももう一度読み直してるところだからさ、いつも本読んでる財津には追い抜かれちゃうかもだけど、お互い読み終わったら感想とか話そうよ」
ついさっきまで言うつもりが無かった言葉を自然と口にしていた。
それは椎菜先輩との約束があったからじゃない。彼女の遠慮がちながらも俺と距離を詰めようとしてくれている姿に心が
財津の望むものを1度くらいは叶えてあげよう。
期待に
「ありがとうございます。そういうのちょっといいなと思ってたので……嬉しいです!」
いつになく元気な財津の姿を見ると、余計に話して良かったと思えた。
俺にとっての椎菜先輩は頼りになるし、あるべき姿を示してくれた頼もしい存在だ。俺の椎菜先輩に対する
椎菜先輩もこういうことを期待していたのだろう。
それに一度くらい、ちゃんと考えながら読んでみるのは、ずっとお守りがわりにしているこの本に対する礼儀というものかもしれない。
「俺も楽しみにしてるよ」
お互いに無言で頷くと、それぞれが本に目線を落とした。
初めてみる財津の笑顔はとても可愛らしくて、すぐにでも本を読み進めなくてはならないのに、なかなか読書に集中できなかった。
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